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◇◇◇
少女は夢を見ていた。大切な人が傍にいた頃の夢を。
自身の身体と共に黄金の髪をご機嫌そうに揺らす少女は、モノクルを掛けた人物の膝の上に座り、その手に持った絵本を覗き込んでいる。
「『プリマ・ポラーレ』のような勇者にならなくても構いません。あなたは王として、この国を正しく導けばよいのですよ」
「うん、分かった! 私たくさん頑張るから、王様になってもずっとそばで支えててね先生!」
そう言うと、少女は先生と呼ばれた人物に縋りついた。
「あっ……まったくもう。仕方のない子ですね、イルフィ。それでは民から呆れられてしまいますよ」
「皆の前ではちゃんとするからいいもーん!」
困ったように笑う先生の手が少女の頭に伸ばされ――そこでハッと目覚めた少女は勢いよく体を起こすと、自分の手のひらを見下ろした。
「……私には無理だったよ、先生。今のこの国を救えるのはもはや勇者だけ」
少女の目は己の手が血で汚れている幻覚を映す。
(この血塗られた王道で私が掴めるものなんてなかった。でも――ピースは揃えている。後は正しい形にすればいい)
グッと手を握り込んだ少女の赤い瞳が、部屋の壁に立て掛けられている王冠を被った恰幅の良い男の絵を睨み付ける。
「そこで見ているといい、父上。この国の栄光は決して潰えさせたりはしない」
◇
ゴーレムの生産工場を破壊した私たちは、そのまま大陸の東側を中心に活動することになった。
まずはゲオルギア連邦内を動くのだが、各地の都市で未だに邪魔との戦闘が続いているところも多いというのだから手に負えない。激しい襲撃を受け、放棄した場所もあるそうだ。
ゴーレムが新しく現れることはないとはいえ、既に稼働している個体は直接破壊するしかないのも厳しい。
それでも私たちは地道にやっていくしかないのだ。
「感謝します、救世主殿」
「いえ、来るのが遅れて申し訳ないくらいです」
いくつかの街を救えたとはいえ、被害が出た後なのだから素直に喜べはしない。
無残にも散っていった命。悲しい別れだってどうしても目にしてしまう。
――そのせいで最近は縁起でもない夢を見るようになってしまったのだから、本当にどうしようもない。
「ゴーレムの工場を壊したのに、最近は悪い状況が続くわね」
「仕方ないよ。最初から守るしか選択肢がないこっち側が良い方向に向かうっていうのは考えづらいもん」
シズクの言うように、時間を掛ければ掛けるほどジリ貧になるのは邪神ではなく私たち人間側だ。
だから神界での反撃に進展がほしいのだが、そのことに関する教団からの連絡は未だない。
「疫病、でしたか。アレも本当にわたしたちが行かなくていいものなんでしょうか?」
「仕方ないでしょ。私たちが行ったところで何もできないわ」
「うん。それだったら、少しでも攻撃を受けている場所の救援に行った方が有意義だよ」
少し前に南側諸国で発生して一部に広まってきた疫病についてコウカとヒバナ、シズクが話しているが、それに関して私たちのやれることはない。
原因がはっきりせず、病原菌をばら撒く邪魔の仕業だの邪族の陰謀だのと情報が錯綜しているが、聖教団が原因究明と対応に当たってくれるみたいだから彼らに任せるしかないのだ。
「……ままならない」
「暗くなっちゃだめだよ、アンヤ。私たちができることをなんとか頑張っていくしかないよ」
悔しさを噛み締めるように呟いたアンヤを私が励ますと、ダンゴとノドカの2人が援護してくれた。
「うんうん! 少なくともボクたちの活動はムダなんかじゃないんだ!」
「わたくしたち~これまでいろんな人を~助けてきました~」
そうして少しだけアンヤの表情も和らいだことで全体の雰囲気も軽くなる。
「よし、来たる決戦に備えて今日も手合わせをお願いします! 今日はアンヤと……ヒバナもその後にやりましょう!」
「え、いや――」
「やりましょう!」
見事に押し切られたヒバナは「どうして私が……」と肩を落としている。
どうしてこんな戦いが続いているのだろう。
こんな役割を背負ってまで、どうして戦い続けなければならないんだ。
本当にままならないよ。
――そうして情勢に大きな変化が訪れたのは数日後だ。
エストジャ王国にある水の霊堂が破壊されたという報告が、世界全体を揺るがしたのだ。
◇
「ちょっと、おかしいじゃない! そんな話、何も聞いてなかったんだけど!」
ミンネ聖教団の教会において、神官に向かってヒバナが抗議している。
彼女に圧され気味の神官が両手を掲げて何とか弁解をはじめる。
「ほ、本当に突然の出来事だったと聞いています! 空飛ぶ巨大な鯨が突如として現れ、防衛隊諸共、水の霊堂を破壊して東に飛び去ってしまったと!」
少し気になることはあるが、今はヒバナを落ち着かせよう。
「ヒバナ、いったん落ち着こう。その人を責めたって仕方ないよ」
「そうですよ、ヒバナ。今からその鯨の対策をみんなで考えましょう」
怒りの矛を収めてくれたヒバナは「悪かったわ」と神官の人に謝ると黙り込んでしまった。
「突然現れたって転移魔法かな?」
「だろうね」
ダンゴの疑問に私が答える。
すると今度はアンヤがボソッと呟いて首を傾げた。
「……どうして場所がバレたの?」
「もしかするとだけど、あのプリスマ・カーオスみたいに暗躍している邪族がいるのかも」
アンヤの疑問は私も感じていたことで、転移魔法を使ったとしても水の霊堂の場所が正確に掴まれていなければ問題はなかったのだ。
「その鯨は~今~どこにいるんでしょう~?」
「エストジャ王国の東は海だね。そのまままっすぐ進むと一周して……光の霊堂と風の霊堂に近い場所に出る」
シズクの言葉に全員が息を呑んだ。
それら2つの霊堂の位置まで掴まれているのだとしたら、それは非常にまずいことになる。そして、悪いことは続くものだ。
「あの……霊堂に関する本国からの伝令にこのような記述が……」
神官の人が持ってきた数枚の書類を受け取り、みんなで覗き込む。
そこには霊堂同士が相互補完しあう性質上、その数を減らせば減らすほど他の霊堂の位置も芋蔓式に探知される可能性が高いことが記されていた。
「霊堂の場所は掴まれていると思って動くほうが良さそうだね」
「だったらすぐに風と光、2つの霊堂を守りに行くべきだわ」
ヒバナの言う通りだとは思うが、それには大きな問題があった。
「そうは言ってもボクたちが今いる場所、真反対だよ!?」
「それがどれほど速く飛べるかはわかりませんが、間に合うでしょうか?」
コウカの懸念はもっともだ。
この世界がどれほど広いのかは分からないが、地上を進むよりも空の上を飛んで行った方が早い可能性が高い。
「……とりあえず向かうしかない」
アンヤの言葉に私は頷いてみせる。
「そうだね。間に合うことを祈ろう」
「ええ、ここでこうしている時間ももったいないくらい」
全員の意思が固まり、すぐにゲオルギア連邦を出発してミンネ聖教国を目指す。
というのも、もしかすると再編した竜騎士団の力を借りられるのではないかと思ったからだ。
そうして3日掛けてミンネ聖教国に入った私たちに教団からある報告が入る。
それは竜騎士団は既にその巨鯨撃退に向け、西側に全隊飛び立ってしまった後だということだ。
そのため、再びみんなで話し合うことになった。
ラモード王国にも竜騎士団は存在していることから、そこに力を借りるという案も出たが結局、ラモード王国への距離を考えても厳しいと却下することとなる。
よってそのまま西側にスレイプニル達の足で向かうことを決め、時間短縮の為にミンネ聖教国とシーブリーム王国を隔てる険しい山脈を超えようとした時――またもや凶報が届けられた。
風の霊堂の崩壊だ。
大陸上空に到達した巨鯨は聖竜騎士団と交戦しながらも風の霊堂に向かい、これを破壊した。残念ながら、光の霊堂はどうなっているのかは分からないらしい。
だが巨鯨が傷を負っていたことから強大な存在と交戦したことは間違いないそうだ。
巨鯨と交戦したのは光の霊堂を守っていた龍のシリスだろう。
光の霊堂と同様に彼女の無事も確認できていないが、巨鯨を撃退するだけで良しとする龍ではないはずだから、最悪の事態も覚悟しておく必要があるかもしれない。
また、度重なる戦いで聖竜騎士団にも限界が来て、巨鯨の次の足取りは追えていないらしい。東側に飛んで行ったということしか情報がなかった。
道中にある居住区も手当たり次第に攻撃しているらしいので、次に報告が上がるのはどこかの街が壊滅したと言うものになるだろう。
しかし、こんな短期間に霊堂を3つないし2つだ。次に向かう先にあるのは残りのどこかになるはずだ。
北にあるラモード王国、地の霊堂。
そして私たちが今いるミンネ聖教国、聖の霊堂。
南にあるグローリア帝国、火の霊堂。
風の霊堂から東の方角だとするとラモード王国は最も確率が低い。
防衛対象として最も重要性が高いのはここミンネ聖教国にある聖の霊堂だが、霊堂そのものが対邪神の要として非常に大切なものである以上、どこもこれ以上壊れされるのは避けなければならなかった。
ここで思い切って二手に分かれるのも得策とは言えない。対抗手段が狭まって、ただ対応できなくなるだけだ。
竜騎士団のないミンネ聖教国では私たちがいないと対処できないか。
だがグローリア帝国には魔導具があって対空戦にも対応できるはずだ。でもシリスが倒せなかった相手に魔導具でどれだけ対応できるものなのか。
「グローリア、かな」
地理的に考えると風の霊堂から近いのは聖の霊堂よりもグローリア帝国にある火の霊堂だ。
あの国よりも個人的にはミンネ聖教国の方に思い入れはある。でもそういう問題でもないのだ。
ここでみすみす霊堂を壊されれば世界全体の損失にも繋がる。だったらより確率の高い場所へ向かうべきなのだ。
それにグローリア帝国に向かってから、もし仮にミンネ聖教国が襲撃されたとしても急いで引き返したらまだ間に合う可能性も高かった。
そしてこのグローリア帝国に向かうという選択は功を奏した。
私たちがミンネ聖教国を出て南側の小国群も通り抜け、グローリアの国境に差し掛かろうという時、グローリア領空にて巨鯨の姿が確認されたという報告が私たちの耳に入ってくることになったのだ。
◇◇◇
「陛下! 巨大な邪魔と思わしき敵性存在が、我が国の領空に侵入してきました!」
「何?」
グローリア帝国皇帝イルフラヴィア・ドォロ・グローリアは玉座の上で配下の男からの報告を受け、眉をひそめた。
「例の霊堂を襲撃しているという邪魔かと思われます」
「ならばヤツの狙いは火の霊堂か……帝都の防衛設備を全基稼働させ、軍を所定の位置に配備しろ。念の為、各都市にも伝令を出しておけ」
既にグローリア帝国にも巨鯨の存在は伝わっており、皇帝は冷静に命令を発した。
足を組み、思慮を始めた皇帝に男は沈痛な面持ちで告げる。
「……陛下。既に多数の村……そしてリオーネも甚大な被害を受けて壊滅状態とのことです」
皇帝は思わず腰を浮かせた。
「リオーネだと……!? あそこの防衛設備は相当なものだったはずだ」
「帝都と同等の設備を導入しています……しかし駐留軍の必死の抵抗すらも意に返さず、敵は東へ侵攻したとのことです」
「……リオーネの壊滅。西からの侵攻だったのは不幸中の幸いと言えるか……」
玉座の間を静寂が包み込んだ。皇帝も天井を見上げたまま何も言葉を発しない。
――そんな時だ。報告を行っていた男とは別の男が右手をピンと天高く挙げた。
「陛下! サジッタリオへの戦力派遣を具申いたします!」
突如、皇帝に向かって大声で要望を告げた男に周囲の者がギョッと視線を向ける。
サジッタリオは壊滅したリオーネから東に向かった先にある大都市だ。巨鯨の侵攻ルート的にその都市を通過する可能性は非常に高かった。
「駄目だ」
だが皇帝は彼の意見に怒るわけでもなく、ただ有無を言わせないハッキリとした口調で告げる。
「何故です!」
「この帝都だけは何としても死守しなければならないからだ」
「そんなに玉座が大切か! 多くの民が命を落としているのですぞ! 今も恐怖の中、救いを求めている民がいる! それがあなたには分からないのか!」
激昂した彼は打ち首にでもされる覚悟で絶対権力者である皇帝へと食い下がった。
恐怖で国を支配してきた帝国として、これは異様な光景だった。
「……余が行く」
「は?」
その場にいる誰もが耳を疑う。
だが皇帝の言葉は変わらない。
「サジッタリオには余のみが行く。貴様らはただ命令に従っていろ」
玉座を降り、扉へ向かって歩いていくと人々が左右に捌けて皇帝の道を作る。
「まっ、あなたは皇帝です! なぜ陛下自ら……!」
彼女はその問い掛けに対して、彼らの前で答えることはしなかった。
だが扉を潜り、廊下で1人になった瞬間に誰に伝えるでもなく呟いた。
「それは私がこの国の皇帝だからだよ」
彼女の目的のためにはこの帝都にいる技術者も、火の霊堂も失うわけにはいかなかった。しかし、それは彼女が国民の死んでいく現状を是としたわけではない。
だが無暗に戦力を向かわせたとて、巨鯨には太刀打ちできないことを彼女自身は理解していた。
(この国に必要なものは私の命ではない。私がいなくともこの国の栄光は終わらない。やっとここまで来られたんだ……終わらせてなるものか)
イルフラヴィアが向かったのは自室だ。そこで彼女は装いを素早く整えていく。
最後に手にしたのは壁に立て掛けられている黄金の杖だ。
手に持った杖の感触を確かめた彼女は部屋を後にしようと扉の取手に手を掛け、振り返る。
「お母様……先生、すぐそちらへ行くよ」
そして羽織ったマントを翻しながら部屋を出た。
(いや、汚れた私が行くのは……あの男と同じ場所か)
――自嘲からくる嘲笑にその端麗な顔を歪めながら。
有事の際の移動用として作らせた専用の魔導具を脚腰に装着し、上空に浮かび上がったイルフラヴィアは帝都から西側へ高速で突き進んでいく。
(この魔導具……私自身の魔力も相当に吸ってくるな。まあ私の魔力量はお母様譲り、先生のお墨付きだ)
野を超え、山を越え、いくつかの村や都市を抜けた先にある大都市サジッタリオすら通り過ぎる。
「おい、今の陛下じゃないのか?」
「馬鹿か、お前は。陛下がこんなところにおられるわけがないだろうが。それよりも戦闘配備だ、持ち場につけ! 訓練ではないことを忘れるな!」
地上でそんなやり取りが行われていることなど少女は知る由もない。
ただ彼女は巨鯨を探して突き進む。
(アレだ……!)
そして遂に遥か遠くに巨鯨の姿を捉えた。
「くっ、村か……間に合えよ……!」
巨鯨は眼下の村に向けて口を大きく開いている最中だった。
攻撃のための予備動作であることは疑いようもなかったので、イルフラヴィアは急行しながら黄金の杖を構える。
そして巨鯨の口から衝撃波が打ち出された瞬間、彼女の黄金の魔法も炸裂する。
杖の先に構築された術式から撃ち出された黄金の熱線はその衝撃波とぶつかる。
(なんて威力だ……!)
魔法が押し込まれ、村へ衝撃波が迫る。
だが少女も負けじと雄叫びを上げ、術式に込める魔力の量を増やしていく。二回りほど大きくなった熱線が衝撃波を相殺、消滅させることに成功した。
次に巨鯨がターゲットとしたのは少女自身だ。巨鯨はその巨体に見合わぬ速さで彼女に迫ると大きなヒレをぶつけようとする。
だがイルフラヴィアは魔導具を上手く操作することでそれを回避した。
巨鯨が近くを通り過ぎたことで風の流れが変わり、イルフラヴィアは体勢を整えるのに四苦八苦していたが、やがてそれも落ち着くと巨鯨を再度視認して下唇を噛む。
(私を無視して進むつもりか!)
彼女を攻撃した勢いのまま、巨鯨は村への攻撃も中断して飛んでいく。
向かう先は火の霊堂がある東側だ。
「待てっ!」
少女もまたそれを追いかけるように飛び、攻撃を仕掛けていく。
だがその巨体にはどんな攻撃も効果が薄い。巨鯨が飛ばす小さな風弾――巨鯨そのものが巨体のため、かなり大きい――が彼女を撃ち落とそうと襲い掛かるため、強力な魔法を上手く放てないのが原因だ。
そんなことを繰り返していると、少女が気付いた時には別の街が眼下に広がっていた。
「しまった!」
風弾に気を取られるあまり、攻撃の予備動作に気付けなかったのだ。巨鯨は口を大きく開き、街に照準を定めていた。
顔の色を変えた少女が風弾を掻い潜ろうとするが、全ては避け切れずにかすり傷が刻まれていく。そして魔導具にも軽く被弾したため、少女の体勢が崩れそうになった。
それでも意地で今にも解き放たれそうな射線上へふらふらと飛び込み、そこでどうにか姿勢を制御して杖を巨鯨の口へと向けた。
――再び強大な力同士がぶつかって周囲に衝撃を巻き起こす。だが相殺には成功した。
息を荒げるイルフラヴィアであったが、またもや先を急ぐかの如く眼下の街を無視して東へ飛び去って行く巨鯨を追いかける。
それから幾度かの攻防を繰り返し、少女は再び大都市サジッタリオ上空へと戻ってくる。
巨鯨が都市に近付くと迎撃用の魔導具から放たれた無数の魔力弾が巨鯨の巨体に打ち付けられていくが、巨鯨はビクともしなかった。
そして例の如く口を開くが、イルフラヴィアもこれまで繰り返してきたように街を庇うように立って杖を構えた。
だが先ほどまでとは大きく異なるもの、それは巨鯨が打ち出そうとする衝撃波の規模だ。大きな街を一撃で壊滅させようとより強大な力を用いようとしているのだ。
その規模に合わせるように少女もまた、術式に込める魔力をより増大させていく。
そして巨鯨は攻撃の準備をしながら、無数の風弾で攻撃を始めた。
少女は術式の構築を中断するわけにもいかず、最低限の動きでこれを回避しようと試みるが、避け切れなかった攻撃によって柔肌から鮮血が飛び散る。
その鋭い痛みに顔を歪めながらも少女は魔法の構築を続ける。
ところが無数の風弾が狙ったのは少女だけではなかった。地上の対空設備にも向けられたそれらは迎撃を受けながらも数発が地上に到達。着弾点周辺を吹き飛ばす。
「くっ!」
自分の真下から聞こえる破裂音に耐え切れなくなったイルフラヴィアが、術式から魔力を解き放った。
それと同時に巨鯨も強烈な一撃を放つ。
「貴様なんかにこの国の栄光をやらせはしない!」
拮抗し、相手を上回ろうと威力を上げる両者の魔法によって今までとは比べ物にならない衝撃の余波が吹き荒れる。
彼女の魔導具もその影響で大きく揺らされるが、出力を最大にすることで抗って無理矢理体勢を維持する。
「ハァ……ハァ……凌げた……?」
遠ざかる巨鯨と無事な都市を見て、安堵する少女であったがすぐに追いかけなければならないと思考を切り替えて魔導具を操作する。
そんな時だ。遠ざかっていく巨鯨により放たれた風弾が街に向けられていたため、彼女は反転してそれを迎撃しようとする。
――それが巨鯨の狙いだったとは知らずに。
異変に気付いて振り返った時には遅かった。体中に巨鯨の影が掛かり、凄まじい勢いの尾びれが眼前に迫ってきていたのだ。
離脱しようと試みるが間に合わない。
覚悟した少女が左手で頭を隠した直後、体がバラバラになるのではないかと錯覚するほどの凄まじい衝撃が彼女を襲い、その身体は軽々と地面に向かって吹き飛ばされた。
「ま、だ……だあぁぁ!」
あわや地上に激突する寸前で魔導具の出力を上げて再び空の上へと戻る。
そして既にその場から飛び去った巨鯨をぼやけはじめた視界で探し、どうにかその影を見つける。
「行かせる……ものか……」
速度を出し、何とか追いついた少女はその巨体への攻撃を敢行するが、些事としか認識していない巨鯨に軽くあしらわれるように数発の風弾を差し向けられる。
魔法防御でそれを防いだ少女は、それでも大きな後ろ姿を追い続ける。
そして下に向かって口を大きく開ける光景を見て、反射的に飛び出していった。何度もやってきたことを朦朧とする意識の中でもう一度だけ繰り返す。
(やらせない……私の国……栄光は……)
大きな力の奔流にもはや少女の体は耐え切ることができなかった。
吹き飛ばされ、重力に従いながら落ちて行く。
意識が遠のいていく中、思い浮かべたのは大好きな物語の一幕だ。
(勇者……悪い王様が……ここにいるんだ……だから――)
閉じられていく視界の隅で、少女は煌めく一筋の光を見た。