フィーサだけを外に残し、おれとシーニャは小屋の中へ足を踏み入れる。中へ入ると物が乱雑しているだけで、ルティの姿はもちろん人の気配はどこにも感じられない。
小屋の中は狭く部屋がいくつか分かれているが、迷うほど広くは無さそうだ。シーニャと手分けして探していると、すぐに彼女の声が上がる。
「アック!! こっちに来るのだ!」
外から見た小屋は小さな建物にしか見えなかった。しかしシーニャの声が奥から聞こえてくる時点で、どうやらここは岩をくりぬくようにして作られた立派なアジトのようだ。
「シーニャ? どうした、何があった?」
「ここなのだ、ここから風がきているのだ!」
シーニャが指し示す所に近づくと、家具の後ろから風の音が聞こえてくるのが分かる。
「……岩の洞穴ってやつだな」
「ドワーフはこの先にきっといるに決まっているのだ! ウニャッ!」
「――そうだな。何が待っているか分からないが行くしか無さそうだな」
シーニャとともに洞穴を歩き進むと、先の方からにぎやかな音が聞こえてきた。恐らくそこにルティがいるはずだ。
洞穴は連中が生活の為に使っていたようで、魔物が襲って来ることは無かった。そうしてしばらく道なりに進むと、日差しが降り注ぐ庭園のような所に出た。
樹人族と戦った時にあった泉もあって、穏やかな場所のようにも思える。
「ウニャニャ? 森なのだ?」
「人間の……というより、生物の為の場所みたいだな」
「ドワーフはどこなのだ?」
生い茂った森に迎えられたが、生物の気配が全く感じられない。ルティは一体どこに行ってしまったのか。
「――さま~……ここですよ~! お~い、お~い」
そう思っていると、どこからともなく声が聞こえてくる。シーニャも気付いたようで、耳をピンと立てて唸り声で威嚇しはじめる。
「ウウウゥ……! アック、何かがたくさん来るのだ」
「――近いな」
声と同時に複数の地鳴音が響く。シーニャはすでに戦闘態勢に入っていて、急襲に備えている。
――ギャウッ!
――ギゥゥッギゥゥッ!
――お~い、お~い~!!
耳に届いてくる音と声は竜のような感じを受けた。その中に人の声も混ざっているようだが。
そんなことを思っていると突然空が暗くなる。
「ウニャニャニャ!? アック、アック!! 大変なのだ!」
シーニャが騒ぐので空を見上げてみた。するとそこには、数えきれないほどの竜の大群が空を覆い尽くしていた。
「こ、これは!? まさかここは竜の――?」
「危険なのだ! 危なすぎるのだ!! アック、どうすればいいのだ!!」
「落ち着け、シーニャ。ここは様子を――ん?」
見上げながらどうしたものかと思っていると、赤い何かが落ちてきていることに気付く。それもおれだけをめがけて。
「シーニャ、おれから離れろ!」
「ウニャッ!? わ、分かったのだ」
シーニャをおれの傍から下がらせ上空から落ちて来る奴に備えていると、赤毛が真っ逆さまに落ちて来る――ようにしか見えない。
「まさか、ルティか!?」
上空からの強烈な頭突きに備えていたが寸での所で静止し、そのまま空中で一回転したらしく、彼女はゆっくりとおれに近づき抱きついてきた。
「アック様っ、わたしですっっ! ルティシアです~!!」
「そうだと思ったが、何か感じが違うな……それに抱きしめた状態で浮いているんだが?」
違和感があるが何だ?
「それがですね、わたし、精霊竜さんに好かれちゃいまして! 飛べるようになったんですよっ!!」
「……空をか?」
「ですですっ! どうやらここは精霊竜さんたちの縄張りのようでしてっ!!」
「――だろうな」
ここがウルティモが隠していた場所なのだろうか?
そうだとしても他の魔導士がいてもおかしくないのだが。
精霊竜に好かれて空を飛べるようになったとか、ここに来てルティが力を得たというのも謎だ。確かに不思議な場所ではあるが、他に何かありそうな気がしてならない。
「ウニャニャニャニャ!? 怖いのだ、怖すぎるのだ!! アック、助けてほしいのだ~!!」
「シーニャ! 何でシーニャも浮いているんだ……?」
「分からないのだ! アック、何とかして欲しいのだ~」
「はぇっ!? どうしてシーニャも浮いているんですか!?」
「分からん」
ルティはともかく、シーニャは自分の意思とは別で浮かされている。精霊竜の|悪戯《いたずら》だとすればお仕置きをするしかない。
「……風に屈せ! ≪アエルブラ――≫」
「だ、駄目ですっ、駄目ですよ~!!」
「わっ、ばかっ!!」
ルティが抱きついたままだったことが災いし、途中で遮られた。その影響でおれたちは地面に勢いよく落ちてしまう。
「――う~ん……」
「ふわわっ!? ア、アック様、そこはわたしのっっ――!? まだ駄目ですっっ……」
地面に叩きつけられたと思っていたが、おれの手にはスライムに似た感触があった。それがルティだということは分かっているが、どうやって助かったのか。
「ウニャ、油断も隙も無いのだ!!」
そうこうしていたら、シーニャによって引きはがされていた。どうやらルティの精霊竜によって守られていたらしく、彼女も無事だった。
「ルティ。ここには精霊竜しかいないのか?」
「そうみたいです。人間の気配は全く無くてですね~……」
「じゃあ人間たちはどこに行ったのだ? シーニャ、ここに逃げ込んだのを見たのだ! ウニャッ」
精霊竜たちから敵意が無いのは分かった。だが逃げ込んだ他の戦闘魔導士たちは一体どこへ逃げたのだろうか。
そう思っていたその時、背後から聞こえてきたのは奴の声だった。
「アック・イスティ君。ここを知られた以上、責任を取ってもらうとしようか!」