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◻︎桜子先生
突然のことにびっくりした。
「あはは、それはいい、綾菜さんに色々教えてもらえば桜子さんもきっと素敵な女性になるよ、間違いない」
「あの、神崎さん、何言ってるんですか!」
「いやぁ、俺からも頼みますよ、桜子さんのことをいい女にしてやってください」
「冗談!なんでそうなるかなぁ?あっ!そうだ」
私は一つひらめいた。
「桜子さん、今お仕事は何をされてるの?」
「家事手伝いです」
「それは無職ってことね。ちょうどいいわ、私が勤めてるところで一緒に仕事してみない?」
「いいんですか?」
「うん、ちょうど新しい人を募集しようとしてたの、だから。ていうか、どんな仕事か知ってるの?もしかして」
「はい、実はこれまでにもパーティでお会いしたことあるんです、私。それに、先月のおじい様のお別れの会の時に、チーフとして会をスムーズにすすめてくださいましたよね?」
_____おじい様?お別れの会?
「あーっ!えっ!あのお別れの会?おじい様だったの?」
ある大企業の会長で、大学の理事長もしていたとか。
「本当にお嬢様なんですね?そんな方に務まるかなぁ?大変ですよ、この仕事」
「やります、ぜひ」
「じゃあ、近いうちに履歴書を持ってここまで来ていただけますか?」
私は会社の名刺を出した。
テーブルに出された私の名刺を手に取り、じっくり見つめる桜子。
「ん?どうかした?」
「いえ、あの、こんなふうに、私はこういうものですとちゃんと言えるっていいなぁと思って」
「こういうもの?」
「なんていうか、たとえば高崎家のお嬢さんという呼び方ではなく、高崎桜子という1人の人間として自己紹介ができるのは、憧れです。綾菜さんを見ていて、光彦さんが素敵な女性だと言ったのは、理解できました」
「あ、そう。私にはよくわからないけど、確かに名刺を出せるというのは、一つの目標かもね。これまでご両親の庇護のもとでしか暮らしたことがないのなら」
「お二人とも、お話はまとまったのかな?」
すっかり、神崎のことを忘れていた。
「ごめんなさい、ついつい熱くなってしまいました」
「いや、いいんだよ。桜子さんもわかってくれたみたいだし」
さぁ、食べましょうと焼かれたお肉に、サラダやご飯が並べてあった。
「でも私、まだ光彦さんのことを諦めたわけじゃありませんから」
「えっ!」
「いつか、そこの省吾さんとやらを超えるくらいになってみせますから」
「それは楽しみだ」
ひとまず、ストーカー問題は解決した、のかな。
その数日後、履歴書を持った桜子が面接にやってきた。
もともと容姿端麗で英語も完璧、お茶にお花もできたのですぐに採用になった。
「よろしくお願いします、河西チーフ!ビシバシ指導してください」
「は、はい、よろしくお願いします」
私に教えられることなんてあるのかな?と考えてしまった。
「…というわけで、こちらは高崎桜子さん。先週から、入ってもらってただいま見習い中」
ひまわり食堂で、お母さんと進さんに経緯を説明して桜子を紹介した。
「あー、あなたがあの時のストーカー?」
「すみませんでした、ご迷惑をおかけして」
「こんなに綺麗なお嬢さんになら、ストーカーされてみたいかも?あ痛っ!」
お母さんが進さんの脇腹をつねったらしい。
「色々知りたいと言って、私にくっついてきたんだけど。忙しい時にごめんね」
今日は月曜日。
ランチタイムが終わって、子ども食堂のご飯の仕込みを始める時間だった。
桜子は、入社以来私のあとについてくる。
「綾菜さんの魅力の秘密を知りたいんです。人間的な魅力は、性別も年齢も関係ないんだと知りました。いまは綾菜さんの魅力にハマってます」
ということらしい。
生まれ育った環境のせいか人間関係が偏っていたようで、今はいろんな人たちと触れ合うことも楽しいらしい。
「ただいま♪」
「はい、おかえりなさい」
「こんにちは」
「いらっしゃい、手を洗ってきてね」
「「はーい」」
ポツポツと下校してひまわり食堂に集まる子どもたち。
中学生の女の子と4年生の男の子。
「ここで勉強してもいい?来週から試験なんだ」
中学1年の女の子が言った。
「いいよ、そっち側のテーブル使ってて」
大きなダイニングテーブルの半分は、宿題をする子たちのスペースになった。
早速教科書を取り出して勉強を始める子たち。
「僕も宿題やっちゃおっ」
男の子もドリルを出して宿題を始めた。
私はおやつとジュースを出してテーブルの向かい側に座る。
「あーーっ!なんで日本人なのに英語をやらなきゃいけないの?さっぱりわからない。綾菜さん、教えて」
「英語か。あ、そうだ、桜子さん、見てあげてくれない?」
「私がですか?」
「そう、私の中途半端な英語力じゃ、勉強にはならないと思うから」
じゃあと言うと、女の子の横の席に移動して問題集を見た。
さらさらさらっと英語で答えている桜子。
「えっ!すごい、今のなんて言ったんですか?発音がもう、アメリカ人だ!」
「その問題を全部英語に訳しただけですよ」
「うわっ、かっこいいっ!もう一回」
英語は得意と言ってただけあって桜子は、なんなく英会話をこなす。
それが仕事とは関係ないこんなところでも活きている。
「僕も英語で話してみたい!教えて、お姉ちゃん」
「いいですよ、でも、先にその算数のドリルを片付けちゃいましょ!」
「はい、先生!」
「え?先生?」
「うん、難しいことを教えてくれる人は先生でしょ?」
「あ、そっか。なんだか照れますね」
少しはにかんだように私を見る桜子。
それからしばらくの時間、桜子先生のお勉強会は続いた。
後からやってきた子どもたちも、次々と仲間に入って楽しそうな顔で過ごしていた。