慌ててシャービットを見つけようとするパルミラだが、パフィは頭上を見上げて動かない。
「おかしいのよ」
「何がですか?」
「メレンゲが降ってくるのが、かなり遅いのよ」
(これ以上まだ意味不明な現象が起こるというのですか……)
ただでさえピンク色のメレンゲが町を覆うという異常事態に加え、広い土地を覆う程の巨大な木、腕を板のように変形させて撤去作業を続けるラッチ、凄い勢いで作られていくクッキー。
この周囲だけが妙に混沌としているのは、気のせいであってほしいと願うオスルェンシスであった。
「ちょっと誰か、空に浮いてるメレンゲ取れるのよ?」
「えっと、ピアーニャ総長だったら……無理っぽいね」
「我々で採取しますか」
「そですね」
パフィが気になっている空のメレンゲは、オスルェンシスとパルミラが取りに行くことになった。その間パフィは、メレンゲの爆心地を調査する事にした。
また爆発するかもしれないと警戒するも、何事も無くあっさりとその場所へとたどり着く。そしてそこで見たものは、
「何してるのよ、シャービット……」
目を回して倒れている妹の姿だった。
とりあえずため息をつき、シャービットを拾い上げ、サンディの下へ向かう事にしたようだ。
一方上空に用があるオスルェンシス達はというと、
「ほっ」
「うわー高いですねー」
木の頂上付近の枝の上で、影から飛び出した。現状一番空に近いのが、ミューゼが出した木の上だったからである。
葉にはピンク色のメレンゲが雪のように積もっている。どうやらかなりの量を受け止めていたようだ。
2人が上を見ると、上空に浮かぶメレンゲがはっきりと見える。しかしその場で手が届くような高さではない。
「……まぁ、これくらいなら届くかな?」
「そうですね、【柱】」
仕える主は違えど、同じ護衛という立場の2人。お互いの能力は把握している為、任務達成に向けて最適な方法があれば、率先して動いて行く。
まずは影の柱を木の上から空に向かって伸ばし、その上にパルミラを乗せて上空へと上げて行く。順調に雲の様なメレンゲに迫っ──
「おブッ!?」
「あ……失礼」
影を伸ばし過ぎて、パルミラがメレンゲへと突っ込んだようだ。慌てて影を止め、パルミラの姿をメレンゲから引き出すオスルェンシス。
こういった不幸な事故に慣れているパルミラは、気を取り直して腕を大きな瓶のように変形。メレンゲを入手する事に成功した。
「ん? よく見たら色が違う……」
落ちないようにゆっくりと下に戻されながら、取れたものを確認すると、メレンゲの色はピンクではなく青白い色。
不思議に思ったパルミラだったが、その理由は当然分からない。食べ物は食べ物の専門家に任せるのが一番である。
「ホントなのよ。少し青いのよ」
「ちょっと薄味なの。ピンクみたいに甘くないの」
とりあえず、2人のラスィーテ人のお陰で、食べても問題無い事だけは判明した。
「それに軽量化したメレンゲに比べて、かなり軽いの」
サンディがほんのちょっとだけ、ふわりと上に移動させた勢いだけで、メレンゲはゆっくりと上昇する。しばらく見ていると、非常にゆっくりとだが、風に揺られながら下に落ち始めた。
「……ん? んんん?」
何かを思い出し、眉を顰めるパフィ。しかしなかなか思い出せない。
であれば…と、何かを知ってそうな人物に聞く事にした。その人物とは……
「シャービット、起きてるのよ?」
ビクッ
気絶している筈のシャービットに声をかけると、その身が大きく震えた。
「………………」
「………………」
「シャービット?」
シャービットから返事は無い。寝たフリである。
パフィとサンディの目がキラリと光ったのを、オスルェンシスは見逃さなかった。
「おかしいのよー、起きてると思ったのよ」
「まぁまぁ、シャービットも災難だったの。ここはちゃんと介抱してあげるの」
そう言うサンディの手には、大量のメレンゲクッキーが。
パフィはそのメレンゲクッキーを手で一掴みし、なんと抱え起こしたシャービットの襟元を引っ張って、服の中に放り込んだ。
「!?」(何なん!? 何入れたん!? 固いん!)
寝たフリを続けるシャービットは目を開ける事が出来ない。
「起きないなら仕方ないのよ」
続いてその辺のメレンゲを操作し手に取ると、そのまま頭の上に乗せてしまう。
「んぷっ……」
「え?」
妙な音がした方を見ると、アリエッタが俯いてプルプル震えていた。
うっかり見てしまったのだ。薄ピンクアフロのシャービットを。
「っ…ごめ……なさ……んふっ」
(コイツも、おもしろいとわらうんだな……まぁアレはたしかにおもしろいが)
(何なん何なん!? 一体何が起こってるん!?)
アリエッタの腕の中で、ピアーニャが新たな一面を見て感心しているが、イタズラされている本人はそれどころではない。自分の状態が把握できないまま、寝たフリをするのに必死なのだ。
もちろんパフィ達が、ここで手を止めるわけがない。続いて頭のメレンゲを糸のように細くして操作し、あろうことかシャービットの鼻に入れ始めた。
(! !? っ!?)
鼻の中に感じる異物感に、シャービットは全身を震わせながら驚いた。それでもメレンゲの侵入は止まらず、無意識で腰をくねらせ、足が内股でモゾモゾ動き、足指もせわしなく動き、顔がひたすら歪み続ける。
そんな光景を見て、アリエッタが耐えられなくなった。
「うはっ、あはははははっ」
「ぶふっ! なにをっんふふははは!」
釣られてピアーニャも笑い出す。ここまで耐えていたミューゼ達も肩を震わせ、笑い声を時々漏らしている。
そしてついにシャービットが限界を迎えた。
「~~~っぶへあっ!?」
息を吐くと同時に転がって、パフィの腕から逃れた。そのまま四つん這いになって咳き込んでいる。その姿を見て、パフィも指差して大笑い。
流石にイラッとしたシャービットが、文句を言う為に顔を上げた。
「ちょっと何するん! 鼻の奥痛いん!」
目に涙を溜め、鼻と口からメレンゲを垂らすピンクアフロの少女を見て、爆笑の渦が大きくなった。
「ん゛ん゛っ! ママ! お姉ちゃん! 酷いん!」
起こったシャービットは両手を振りかぶり、アフロ…もといメレンゲの塊を投げつけた。
「危ないのっ!」
射線上にいるサンディは、慌てて近くにあるモノを掴み、それでメレンゲを受け止めた。
「のよっ!?」
「ん?」
盾にされたパフィの元からモコモコの頭に、さらにピンクのモコモコが乗っている。
「…………? さっきのアフロはどこにいったの?」
「いや頭に乗っちゃってるのよ! 何してくれてるのよママ!」
どうやらサンディには、パフィの髪の毛とメレンゲの違いが分からない様子。
「アフロが……消えた?」
「気を付けてください。どこからアフロが飛んでくるか分かりません」
「アフロが感染ったら大変。総長、アリエッタの防御を固めておいてください」
「いやオマエら、さっきからナニいってるんだ?」
(メレンゲを吸収した? まさかぱひーにそんな隠れた能力が?)
見分けがつかないのは、サンディだけではなかったようだ。パフィとピアーニャが呆れている。
「くっ、お姉ちゃん! さっきのメレンゲどこやったん! そんな技持ってるなんて卑怯なん!」
「ここにあるのよ! よく見るのよ! よく見なくても分かってほしいのよ!」
「どいつもコイツも、フシアナばっかりか……」
慌てるシャービットは、メレンゲを消した(ように見えた)パフィを警戒する。かなり髪のボリュームが増えているというのに、違和感を感じていないようだ。
周囲の反応に怒りが沸々と湧き上がってきたパフィ。シャービットに事の顛末を強引に聞き出そうと足を踏み出した……その時だった。
風に揺られてゆっくりと落下していた青白いメレンゲが、パフィの増毛したモコモコ頭髪の頂上に、ふわりと乗っかった。その大きさは頭1つ分である。
『!!』
全員がその異変に息を飲んだ。しかし軽さのあまり本人だけは気づかず、シャービットを指差して叫ぶ。
「シャービット! この町のメレンゲはどういう事なのよ!!」
「ふぃえっ!? ごめんなさいっメレンゲにあの葉っぱの汁と樹液混ぜて試してたら爆発して飛び散ったん!」
なんとあっさりと自供した。いきなりパフィの頭のボリュームが倍増したのを見て一気に気が緩み、そんな状態でいきなり凄まれたせいで、うっかり口を滑らせたのだ。
「あ、しまっ……」
言ってしまっては後の祭り。慌てて口を塞いでも、パフィの怒りの視線と、周りの呆れの視線を浴びて、目を泳がせる。
しかしミューゼとパルミラとアリエッタは、パフィの頭が気になって、話が耳に入っていない。
(アリエッタのキか。さっきもらったミはおいしかったが、ハのほうはフシギなコトがおこるらしいからなぁ……。バクハツてきにふえたのも、おそらくキのチカラだろうな)
ラスィーテ人の能力では、少しならば食材と料理工程を合わせて膨張させるといった事も可能なのだが、流石に町を覆うような増量は不可能である。それを理解しているピアーニャは、アリエッタの物だからと結論づけると、妙にアッサリと納得出来てしまうのだった。
(メガミのチカラだからな。なんでもアリか)
女神の力というワードは、かなり便利なようだ。
ピアーニャが1人で解決していると、勝手に追い詰められたシャービットが逃げ出した。
「あっ待つのよ」
「こうなったら奥の手なん! お姉ちゃん達を倒すん!」
『なんで!?』
追い詰められた者は何をするのか分からないものだが、まさかの無意味な力ずく宣言に、パフィだけでなくパルミラとオスルェンシスも叫んでいた。
そして、シャービットは逃げた先にあるメレンゲの山へと飛び込んだ。
「ええっ!?」
謎の行動に驚くが、それだけでは終わらなかった。
シャービットが飛び込んだ山の頂上から、メレンゲが勢いよく空へと伸びる、というより噴き上がる。
全員が驚いて構えた。町の人々も、離れた場所にいるネフテリアも、その光景が見えていた。
「な、何?」
ネフテリアは見た。噴き上がるピンク色のラインが、空にある青白い色の雲のような物体と合わさり、みるみるうちに大きくなっていくのを。形を変え、4方向に細く伸び、丸い部分も現れた。まるで人の形のように。
ボディはピンクだが、4本の手足と思しき部分は、青白くなっている。
「まさか、シャービット?」
下から見上げるパフィが、丸い部分…人の頭にあたる部分を見て、呟いた。頭の部分から、シャービットの上半身が浮き出ている。
そのシャービットの目が開いた瞬間、大きな人の形をしたメレンゲは降下し、地面へと降り立った。
そしてポーズをとって名乗りを上げた!
「メレンゲゴーレム『ヴェリーエッター』! 見参なん!」
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