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第8話:魔法を禁じた街
「魔法を使わずに、魔法建築を建てろ──だと?」
静まり返る商談テントの中、重たい声が響いた。
その声の主は、魔央建設・施工監査部のブラン・フラース。
筋骨隆々、岩のようにがっしりした体つきの男。
銀の短髪、古びた黒い作業コートには無数の検印バッジがぶら下がっている。
真剣な眼差しの奥には、“絶対に無理を認めない”職人気質が漂っていた。
向かいに座る依頼主は、痩身で長い灰色のローブを纏った人物。
顔は布で覆われ、目元しか見えない。
その鋭い目は、まっすぐブランを射抜いていた。
「我々の都市《リグレア》は、“魔法の被害”によって三度滅びかけた。
だから、“魔力を完全に遮断した空間”の中で生きる決意をした」
名をエン=ドクスという。
《反魔法自律領リグレア》の都市防衛責任者。
その声には怒りでも懇願でもない、“切り捨てた者の静けさ”があった。
ブランは腕を組み、短く言い切った。
「依頼内容は“魔法を使わない建築”……だが、うちは“魔法建設”の会社だ。
それでも発注するってことは、“裏”があるな?」
「正確には、“内部構造に魔法を感じさせないこと”が条件だ。
つまり、魔法による補強や流動構造は認められる。だが──感知魔法に引っかかってはならない」
ブランの隣に、青い球体がふわりと浮かび上がった。
イネくん。言葉を持たぬ美術設計担当。
水色の体をくるりと回すと、空間に淡い**“中空の立体図”**を描き出した。
その内部は、**階層構造になっているにもかかわらず、“構造的には地表にしか接していない”**ように見える。
ブランが説明する。
「これは“重層的錯覚配置”という技法だ。
魔法の空間膨張を、物理構造に落とし込む。
結果として、内部は4倍の容積を持ちながら、魔力反応は“ゼロ”と判定される」
エン=ドクスの目が細くなった。
「……構造詐欺だな」
「いいや、“構造の再定義”だ」
さらに、イネくんが描いた図に“回転する飾り”が追加される。
それは“魔法回路”ではなく、“風の流れで自然に動く彫刻”だった。
ブランは続ける。
「魔法動力を使わずとも、都市機能は再現できる。
ただし、“美”も要求されるとすれば、イネのこの飾りが鍵になる。
これは、風の流れを使った自動調光構造──魔力なしで時間と湿度に応じた環境調整が可能だ」
「……魔法なしで、“魔法のような建築”を?」
「それが、魔央建設のやり方だ」
長い沈黙の後、エン=ドクスはテーブルの上に印付きの石を置いた。
その印は、かつて《リグレア》が絶縁状態にした国章のひとつだった。
「契約としよう。
“魔法を見せずに、魔法を使いこなせる者”──
我々に必要なのは、そういう連中だ」
工期は22日。
建物はすべて物理構造と魔法下地の分離設計。
魔力流路は空間の外郭で反射させ、建物内部には一切の魔素反応が残らない。
けれどもその街は──
時間に合わせて“影が動き”、風で“温度が変わり”、光が“色を変える”不思議な都市になった。
誰も“魔法”を感じなかった。
だが、誰もが「これは魔法だ」と感じていた。