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文化祭まであと数日。白鳥沢の校門付近は、装飾用の木材を運ぶ生徒や、買い出しに走る実行委員でごった返していた。
私は正門前の案内板を直そうと四苦八苦していた。
「……んー、この看板、ちょっと左に寄ってるかな?」
「右をあと3センチ上げたほうが、黄金比的に綺麗だよ。ななちゃん」
不意に、頭上から聞き覚えのある甘い声が降ってきた。
バッと顔を上げると、そこには白鳥沢の制服ではない、私服姿でサングラスを頭に引っ掛けた及川徹が立っていた。
「……及川さん!? なんでここに! 練習試合じゃないのに!」
「ひどいなあ。偵察……じゃなくて、可愛い元カノが頑張ってるかなって見に来ただけだよ。ほら、手伝ってあげる」
及川さんはひょいと看板を持ち上げると、私との距離を詰めてくる。
相変わらずのキラキラしたオーラに、周囲の女子生徒たちがざわつき始めた。
「ちょ、及川さん、目立つから離れて! 私、今忙しいの!」
「冷たいなあ。賢二郎君は? また怖い顔してバレーばっかり?」
及川さんがニヤリと笑った、その瞬間。
「……おい。うちの敷地内で何油売ってんだ。青城の主将さんよ」
背後から、氷点下の声が響いた。
振り返ると、そこには部活ジャージ姿で、手にはドリンクボトルを握りしめた白布君が立っていた。……そのボトル、指の形に凹むんじゃないかってくらい強く握られてる。
「あ、白布君! これは、その、及川さんが勝手に……」
「……西村、こっち来い。効率悪いだろ、外部の人間と喋ってんの」
白布君は私の腕を掴むと、及川さんを射抜くような鋭い目で見据えた。
及川さんは余裕の笑みを崩さず、わざとらしくため息をつく。
「賢二郎君、相変わらず余裕ないねぇ。ななちゃんが困ってるから助けてあげてただけだよ?」
「……助けなんて必要ねーよ。……奈々花の隣は、俺の指定席(計算内)だ。部外者が入り込む隙間なんてねーんだわ」
白布君は私の肩を抱き寄せ、及川さんに見せつけるように至近距離で私を見つめた。
「……西村。……いや、奈々花。……この男と一秒でも長く喋ったら、今日の夜、覚悟しとけよ」
耳元で低く、独占欲たっぷりに囁かれる。
文化祭のノイズの中で、白布君の「計算」は、及川さんの登場で完全に沸点を超えたみたい
「……っ、ちょっと、白布君! 引っ張るの早すぎだってば!」
及川さんが苦笑いしながら校門の向こうへ消えた直後。
私は白布君に手首を掴まれたまま、放課後の誰もいない渡り廊下の奥、古い第2資料室へと連れ込まれた。
バタン、と重いドアが閉まる。
埃っぽい空気の中で、白布君は私を壁に押し付けると、逃げ場を塞ぐように両手を突いた。
「……あいつ、何しに来たんだ。全部吐け。一言一句違わずにだ」
低い、地を這うような声。
顔を上げた白布君の瞳は、いつもの冷静なセッターのそれじゃない。
ドロドロとした嫉妬と、焦燥感が混ざり合った、猛烈に熱い色。
「……何って、ただ案内板の直し方を教えてくれただけで……」
「教わるなっつっただろ。……あいつ、お前の肩に触ったか? どこまで近づいた?」
一歩、さらに距離を詰められる。
白布君のバレー部ジャージから漂う、微かな汗と洗剤の匂い。
近すぎて、彼の荒い鼓動が自分の胸にまで響いてくるみたい。
「……触ってないよ。白布君がすぐに来たし……。ねえ、そんなに怒らないで。私は白布君の彼女でしょ?」
私が宥めるように彼の胸元に手を置くと、白布君は弾かれたように私の手を掴み、自分の心臓の上に押し当てた。
「……怒ってんじゃねーよ。……余裕がねーんだよ、バカ。……あいつと喋ってるお前を見てるだけで、俺の効率(計算)が全部ゴミになんだわ」
彼は私の顎を強引に持ち上げると、吸い付くような、少し痛いくらいの深いキスを落としてきた。
及川さんの残り香なんて一瞬でかき消すような、圧倒的な「上書き」。
「……奈々花。お前、文化祭の実行委員、今日で辞めろ」
「えっ……!? そんなの無理だよ、もうすぐ本番だし!」
「……無理じゃねー。俺が代わりに出てやる。……お前が他の男の視線に晒されるくらいなら、俺が過労で倒れた方がマシだ」
本気だ。この人、私のために自分の練習時間まで削るつもりだ。
理屈っぽいはずの白布君が、一番「非効率」な愛し方を選んでいる。
「……ダメだよ。白布君には、バレーで勝ってほしいもん。……だから、信じて。私の隣は、白布君だけだって」
私が彼の首に腕を回して囁くと、白布君は悔しそうに顔を歪め、私の肩口に顔を埋めた。
「……チッ。……お前、本当に可愛くねーな。……一点も、一秒も、あいつらに譲る気ねーからな。……覚悟しとけよ、西村」
文化祭前夜。
二人の「境界線」は、もはやライバルなんて言葉では片付けられないほど、深く、熱く溶け合っていた。