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前職は舞妓
425
きょう
171
「時効のヤマを……俺たちに追えだと?」翌日。本部の管理官室に呼び出された俺は、鴨志田が机の上に放り投げてきた一冊の分厚いファイルを見下ろし、眉をひそめた。
ファイルには『平成十五年 〇〇区資産家夫婦強盗殺害事件』の文字。
20年以上前、世間を激震させた惨劇だ。旧家の資産家夫婦が自宅で惨殺され、金品が奪われた。当時の警察は総力を挙げて捜査したものの、犯人の手がかりは一切掴めず、数年前に**刑事訴訟法改正前の旧時効(15年)が成立**して完全に捜査が打ち切られた「コールドケース(未解決事件)」である。
「正気か、鴨志田管理官」
俺は低く吐き捨てた。
「この事件は既に時効が成立してる。法律上、犯人を逮捕することも、起訴することもできねぇ。警察が今さら手を出せるヤマじゃねぇぞ」
「ハッ、頭硬いなぁ峯岸」
鴨志田は高級な革椅子に深く腰掛け、不快な笑みを浮かべながら煙草の煙を天井へ吹き上げた。
「法的に逮捕できへんことくらい分かっとるわ。問題はな、この事件の遺族……殺された夫婦の息子が、いま政財界に強い影響力を持つ大物投資家になってるっちゅうことや」
「……それがどうした」
「その息子が言っとんねん。『犯人の名前と顔さえ分かれば、警察の面目を保つ形で莫大な寄付と協力を約束する』とな。時効だろうが何だろうが、犯人の正体さえ突き止めれば、ウチの本部にでっかい貸しができるわけや。……そこで、お前の連れてる『有能な女子高生』の出番やんか」
鴨志田はフチなし眼鏡の奥で、蛇のような冷たい目を光らせた。
「あのガキの『オカルトな力』使えば、20年前の死人から犯人の名前くらい聞き出せるやろ? 時効で警察の手が出せへんヤマなら、捜査権の濫用もクソもない。事件を解決して手柄を立てる最後のチャンスやで、峯岸?」
被害者の死と、遺族の無念。そして渚の背負う苦痛。
その全てを、己の出世と警察組織の利益のためだけの「道具」として利用しようとするその腐り切った腹積もりに、俺の拳が血が滲むほど強く握りしめられた。
「……ふざけるな」
「なんやと?」
「渚の力はな……あんたみたいなクソ野郎のポッケを温めるための道具じゃねぇんだよ!」
俺が机を力任せに叩くと、管理官室に重い音が響き渡った。
「時効だろうがなんだろうが、俺たちは命の重さと向き合ってんだ。二度と渚をその汚い手柄稼ぎに巻き込もうとするな。このヤマは……俺と佐藤、それと渚のやり方で処理させてもらう」
ファイルを手ひったくるように掴み取り、俺は管理官室のドアを殴りつけるように開けて飛び出した。
背後から「ハッ、威勢だけは一人前やな……失敗したらただじゃ済まさんぞ」という鴨志田の似非関西弁が追いかけてきたが、一瞥もしなかった。
◇
「……時効の事件、ですか」
夕方のファミレス。
ファイルを開いた佐藤と渚が、事件の資料を食い入るように見つめていた。
「平成15年……私がまだ生まれる前の事件だ」
渚がポツリと呟く。写真に写っているのは、20年前の古い家屋と、白いチョークで描かれた二つの人影。
「法律で捕まえられない犯人を追うことに、意味はあるのかな……?」
佐藤が不安そうに渚を見る。
「捕まえられない……。法律じゃ裁けない。でも——」
渚は資料の写真……殺された夫婦の遺留品である、古びた懐中時計の写真をそっと指でなぞった。
「……20年間、誰も声を聞いてくれなかったんだよね。誰も、犯人の名前を呼んであげられなかったんだよね」
渚の瞳に、静かだが確固たる火が灯る。
「法的に逮捕できなくても関係ない。……あのおじさん管理官の手柄のためでもない。20年間、暗闇の中で泣き続けてるおじいさんとおばあちゃんのために……私、声を聞きに行く」
「……渚」
俺は煙草(火はつけていない)を咥え直し、渚の頭を乱暴に撫で回した。
「よし。鴨志田の鼻を明かして、20年越しの真実を引きずり出してやるぞ。……佐藤、当時の関係者のリストと、現場の旧家屋の場所を洗え!」
「はいっ!!」
時効という壁の向こう側に隠された、20年前の冷たい真実。
逮捕できない犯人を追い詰める、俺たちの不完全で、けれど譲れない捜査が始まった。
コメント
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みぅです🥀 第26話、読みました。 時効が成立した事件を、しかも渚の能力を手柄のために使おうとする鴨志田管理官に、本当に腹が立ちました…。でも、峯岸が「渚の力は道具じゃねぇ」って机叩いて啖呵切ったシーン、心臓が熱くなったよ。ああいう信念、かっこよすぎる。 そして渚。「20年間、声を聞いてくれなかった人のために」って言ったときの瞳の火、痺れた。法で裁けなくても、真実を闇に置き去りにしない姿勢が、この作品の一番好きなところかもしれない。 次、どうなるんだろう…。静かに続きを待ってます🌙