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「あの。課長……ごめんなさい」どうしても、この匂いを嗅ぐと、欲情してしまう。「あの……ごめんなさい……わたし、課長とこうしてくっついていると……むらむらしちゃって。もう一回だけ……いいですか」
言って下方に手を伸ばす。存在感を主張するそれが、愛おしい。……舐めたい。
「えっちな莉子が、おれは大好きだよ……」心底愛おしそうにするその笑顔を取り戻せてこころからよかったと思う。「いいよ。おれはあんまり動けないけど、……絞りつくしてやって?」
くすくすとわたしは笑い、「……分かりました」
課長のそれを、貪り、頬張り、舌先で突く。面白いように課長は変化をする。わたしのなかで。わたしの口のなかで。
「あっ……あああ、莉子ぉ……っ」
余裕をなくしたその表情も、愛おしい。わたしの宝物――。
「課長が、わたしをこんなにしたんですからね」ねっとりと、舌の裏で舐めあげてわたしは言う。「淫乱で……えっちで、獰猛な性のケダモノにあなたが作り替えたの。……責任、取ってくださいね……」
そしてわたしは開封すると課長の愛おしいそれに装着し、迷いもなく自分のなかに――挿れる。
課長と、わたしが、ひとつになる。
自分から抱き締めにいった。課長は……涙を流していた。
「気持ちいいよ……莉子……」
わたしが課長の涙を吸い上げると、課長は、
「夢みたいだ……こんなにも、きみに求められるなんて。おれは……幸せだ」
「わたしも、……幸せ……」上体をぴったりと重ね、「課長とひとつになっているときが、一番幸せ……」
それから欲望をたぎらせたわたしは、腰を振り、性欲のお化けと化した。課長が射精しても引き抜いてまた挿入するのを続け、自分が馬鹿になったみたいだった。
終わったときには倒れ込み、肩で息をした。……知らなかった。セックスってスポーツなんだ。体力を食う……。
「あのわたし。喉乾いたので、飲み物……取ってきますね」ここでわたしは気づいた。買い物袋がそのままだったことに。
キッチンに行って冷蔵庫のなかから冷え冷えのミネラルウォーターを取り出す。セックスのあとのミネラルウォーターってどうしてこんなにも美味しいのだろう。わたしが寝室に戻ると課長は、
「……口移しで頼む」
「分かりました」
水を含み、課長の上体を起こすと、その口に注ぐ。……ああ、気持ちがいい……。
課長の匂い。気配。感触……どれもが一級品となってわたしの胸に迫ってくる。愛を――祈りを。生きていることの尊さを。
わたしは課長の髪を撫で、「今度こそ、休まないとですね。……みんな、心配してましたよ課長のこと。いえ、……わたしたちのことを」
「みんなが?」意外そうに目をあげる課長に、わたしは、「そうです」と答えた。
「きっとみんな、とっくにわたしたちの関係がぎくしゃくしていることに気づいていたんじゃないですかね。中野さん……経営企画課のみんな……広河さんたちも。分かっていて、見守っててくれたんです……」
「そっか。じゃ、早く元気になって出社しなきゃだな。……おれ、シャワーが浴びたい。……莉子。おれのことを洗ってくれる?」
「普通に? それともスペシャルな感じで?」
課長は笑って答えた。「出来れば両方」
* * *
「課長ったら本当に……欲張りなんだから」結局お風呂でも存分にえっちをしてしまったわたしたちは、課長のお気に入りの高級ベッドに雪崩れ込む。「わたし、課長と離れてから、全然性欲湧かなくって。なのに、いまは、あなたといると……淫らになる」
「莉子……」わたしの髪を撫でる課長の手首を掴むとわたしは、「お夕飯の準備しますから。本当に、寝ててくださいね……」
目を閉じた課長は、「うん。分かった……」
互いのからだを貪ることでそっちのけだった買い物袋の中身の整理から取り掛かる。エプロンを着用し、すっかり若奥様気分。……若奥様。あああ、妄想が膨らむ……。
部屋もキッチンも、全体的に片付いていた。えええー。こういうときって普通、シンクがカップラーメンの空箱まみれになっていて、んで元カノことわたしが、腕まくりをしてしょーがないなー、とか言って片づけまくるのがセオリーじゃないの。課長。なにしてんの。わたしの出番がないじゃないー。
米を研ぐことから開始した。念のため冷凍庫を見てみたが、やはり、お米はなかった。わたしが作り置きした分は、食べたのだろう。思えば……こうして課長のキッチンでお料理をするのなんて久しぶり! こころが弾む。
……課長。寂しかったんだろうなあ。そりゃそうだよね。肺炎で……弱って。なんとなく……なんとなくだけれど、課長って、わたしがいないと駄目なタイプなのかもしれない。会社でも、表面上は普通に装っていたけれども、目に見えない壁を構築して……そう、それはかつて、彼がわたしに感じたもどかしさとそっくり重なる。笑顔を失ったわたし、それに課長……。
でも、寂しさはもう、わたしたちの持ち物ではないのだ。こうして想いを確かめ合った以上、もう、わたしたちは離れることがない。絶対に。
鼻歌を歌いながら米の炊飯ボタンを押す。課長、思ったよりも元気そうだったから、漬物とか……カブの浅漬けとかどうだろう。そうか。そういえば……お泊りするんなら着替えとか用意しておかないと。
念のため自分のコスメや衣服がどうなっているのかを確かめれば、すべて、そのままだった。
「……課長。絶対わたしが戻ってくるって、信じてたんだろうなあ……」
課長の気持ちが読み取れて、この頬を緩ませる。
それからは、課長が目覚めるまで、夕食の準備が終わったら、フロアをかるく掃除したり、洗濯物の処理をしたり。畳んでたんすに仕舞ったり。若奥様気分を満喫したのだった。
* * *
「……あ。これ。すっごい美味え……なんかほっこりするなーこの味」
「よかった」課長と向かい合って食事をするわたしは微笑んだ。「疲れているときや、弱っているときは、酸っぱいものがいいんです。……時間がないのでお米からは作りませんでしたが。白飯からもおかゆって出来るんですね……」
「カブの漬物もうぅーん。しゃきしゃきしてたまんねえなー。おれ、一生、莉子の作る飯が食いたい」
「あでも、課長。わたし、魚とか捌けませんよ? お店のひとが作るほど、美味しい料理は作れませんし……」
「莉子がいいの。莉子が作ってくれるのがいいの」いつになく上機嫌の課長は、「おれ、莉子に出会えて本当に幸せ。……でも、莉子。本当におれでいいの?」
「いまさらなんですか?」とわたしが笑って聞くと、課長は、真面目な表情を作り、「色々と危ねえやつだし」と語る。
「おれには、莉子の知らないおれがいる。……話しておいたほうがいいよな」
「聞きます」とわたしが箸を置くと、課長は、
「莉子とつき合う前から、莉子のことを妄想してたし。コーヒー淹れるときは、二杯淹れてた。莉子のぶんはあまったるいカフェオレな。
莉子が気に入っているあのベッドな。シーツ諸々ひっくるめるとおれの給料の三ヶ月分が吹っ飛ぶ金額なんだけど、……あれな。まあ元々使ってたベッドがいかれてきてるってのもあったけど、絶対莉子が喜ぶだろうなーと思ってあのサイズにした。
あの穴を開発した件といい……バージンだった莉子に速攻二穴責めをしたあたり。おれって相当鬼畜でストーカー気質に思えるんだけど。……莉子さん。クーリングオフ制度をご利用なさいますか?」
「しま……」わたしはたっぷりと間を置くと課長の目線を受け止め、「しま、せん!」と絶叫する。
「んもう。なに言ってるんですか課長ったらいまさらー」とわたしは声を立てて笑い、「そもそも、三年待つって時点で相当いかれてるじゃないですか。いまさらですよ。普通なら半年とか三ヶ月で告りますよ。……わたし、きっと、いかれてる課長が好きなんです。
あなたの知らないあなたをもっと……見せて。
そんなに愛されることなんて、この人生一回こっきりですもん。……わたし、病的なまでに愛されてすごく……幸せです」
「なんだ……おれは」目を白黒させた課長が、「てっきりこれ言うと……どん引きされるんじゃないかと……」
「ありえません」とわたしは課長をやさしく睨みつけ、「それで? 秘密にしてることはまだありませんか? この際ですから全部はっちゃけちゃってくださいね?」
「ああーその……」
「うっそまだあるんですか課長!? やだやだ、本当は蝋燭や鞭が好きだとか言わないでくださいね? わたし、痛いのだけは、たぶん、無理……」
「あ、いや、そういうことじゃなくって……」課長は眼鏡に手を触れ、「実は、こいつがな……」
わたしの目線を受け止めると課長は、「かけてみる?」
そういえば、課長が眼鏡を外すのってセックスのときくらいだもんね。相当目が悪いはず……。
課長の眼鏡をかけたわたしは違和感を覚えた。「……え。あれ。これ……。度が入ってなかったりします?」
課長は頷くと、「そうそれ……伊達なの」
「伊達って……伊達眼鏡ってことですか!?」
「うんそう」
「……ってどうして。まさかこれ、トラウマとか絡んでくる展開じゃないですよね?」
「残念。違う。……高校のときになんとなくかけ始めたら、癖になっちゃって。なんか、このレンズがあると、守られている気がするんだよな。周囲の期待とか……ほら、おれ、自分で言うのもアレだけどさ、結構優秀な男だったからさ。周りや、先生や、親から、期待されまくってて。んで、彼らが思う通りの自分を演じるようになっていた。
そういや、おれ……金の話もしてなかったな」
課長はレンゲを一旦置くと、
「うちな。普通に結構貧乏な家庭だったんだけど、おれが小学生の頃に、親が、宝くじ当ててさ。年の離れた妹がいるのもそのせい。貧乏だから、絶対大学とか駄目だろうって思ってたのが豹変さ。周りの態度も変わってさ。よくも知らん親戚連中がやってきて金の相談……とかしょっちゅうだったよ。
金が人間を変えちまう……そういう、醜い現実を知らされてさ。
んでもその一方で、堅実なほうのおれがせっせと貯金をし、暴れん坊のほうのおれは、トレードのシミュレートをするわけさ。だから、金に関する感覚は、その頃に鍛えられたと思う。中学……高校生の頃くらいには、すっかり株に目覚めててさ。
そんな話、誰にも出来ないじゃん。だから……壁を、作った。金の話なんかしたらみんな引くって分かってるからさ。自分の深い、深ーい部分を誰にも許せない……眼鏡は格好の道具だったんだ。これをしていれば、本当は弱っちくて醜い、自分も守られる気がするんだ」
「いまは、……どうなんです」
「うーん」と頭を掻く課長は、「ちょっと……抵抗あるかな。本当の自分を曝け出すには。きみが、信用に足りうる女の子ってのは分かってんだけど、本当の醜いおれを曝け出すと、嫌われちまうんじゃないかって……こころのどっかで怯えている……」
「『ぼく』のほうですよね」
「うんそう」
「焦らず……ゆっくり、時間をかけていけばいいんじゃないでしょうか」わたしは母の発言を思い返しながら口を動かした。「誰にだって、ひとには言えない秘密のひとつやふたつくらいありますよ。課長にとって、眼鏡や『ぼく』がそれだけだって話で。もし……抱え込むのが辛くなったら、いつでもわたしが聞きますので。安心して甘えて。大船に乗った気持ちでいてください」
「……莉子ぉ」
みるみる、課長の整った顔が歪んでいく。わたしは椅子から離れると、笑って彼の頭を胸に抱いた。……わたしの知らない課長がこんなところにもいる。愛しているから……大好きだから、彼の最大の理解者でありたい。そう、決めたのだ。
誰にも言えない秘密を抱えることは本当に苦しい。わたしは――レイプ被害に遭ったから、そのことをよく分かっている。
課長が、わたしを、変えた。
苦しむわたしに、あたたかいその手を差し伸べてくれた。
今度は、わたしの、番。あなたを――わたしが支えるの。
泣きじゃくる課長の小さな頭を抱きながら、わたしは決意を固めた。――そう。
このひとと一生を共に生きていくという決意を。
*