本作は以前投稿しました読切
「 ス ト ッ ク ホ ル ム 症 候 群 」
から読むことを強くオススメします
この世の中には、二つの人種がある。
‘ 陽キャ ’ と ‘ 陰キャ ’ 。
月と太陽なんかじゃない。
ただ対極で交わらない、影と太陽。
皮肉にも、影から生まれた俺は
太陽のフリして、毎日を過ごしていた。
今まで影のニンゲンって事は、一回もバレたことなんてないし
これからバレるなんて微塵も思わない。
… 否、それは嘘だ。
一厘程度の不安はある。
あんな親のもとで育ってしまったからだろうか。
「 他人の不幸は蜜の味 」
その言葉が、幼き頃から俺には染み付いていた。
他人が、本気で困っている様子が
他人が、本気で憎んでいる様子が
他人が、本気で泣いて喚く様子が
たまらなく大好きだった。
そんなの可笑しいと思う奴が過半数だろう。
でも、それが俺だ。
俺が患う病の故だ。
ただしかし、ヒトとは常に誰かを攻撃したいモノらしく
『 気持ち悪い 』
『 社会のゴミ 』
『 死んじまえ 』
そんな言葉が、世界には多く蔓延っている。
この世界の方程式。
ニンゲン = human = 不満
ニンゲンと不満がイコールで繋がるとは、よく出来た御伽噺だ。
human をニンゲンと訳した奴は、きっと俺と同じく世界に居場所が無かった奴だろう。
不満だらけのイキモノが、ニンゲンと定義付けられているのだから。
「 くっだらねぇ … 」
欠伸する程退屈で、窮屈。
息すらの仕難いこの世界で、フツウと違う俺が羽を伸ばせる場所なんて
精々、暗くて狭い地下室ぐらいだろう。
居場所の無い俺に遺る2つの選択肢
1.太陽のフリして息辛く生きる
2.影だとバレて、世界から堕とされる
どちらにせよ、希望なんて見出せない。
最悪の末路しか、俺には遺っていない。
性格はひねくれた。
でもそれに相対するように、顔だけは秀逸。
この顔だけでも、何処かの誰かを救って堕とすのには十分だった。
「 なんでそんな酷い事するの …!? 」
何故?
それが楽しいから
「 好きって言ってくれたじゃん … ッ 」
好き?
感情ってのは移り変わるもんだよ
「 最ッッ低!アンタなんて大っ嫌い! 」
嫌い?
どーぞご勝手に嫌ってくれ
勝手に俺に幻想抱いて
堕ちて壊れて縋って泣いて
「 泣き止んだのなら帰ってくださーい 」
オンナ共の赤い目と、悔しそうな顔。
嗚呼、愉快愉快。
「 くだらねぇ … 笑 」
屑で結構。寧ろ本望だ。
他人の不幸は蜜の味。
常識中の常識。
だってみーんな、自分より幸福な奴が憎いだろ?
自分より幸福な奴は、不幸になっていいって
当然のように考えてるんだろ?
『 … くだらないのは貴方では? 』
だから。
そんな当然の通用しない。
フツウじゃない、御前に。
通りすがりの、見ず知らずの御前に。
惚れた。
一目で溺れた。
俺のモノにしたくなった。
「 へー、御前ツツジっつーんだ 」
「 ええ、まあ。貴方は? 」
「 ンー、俺の名前は企業秘密かな 」
暗くて狭い地下室。
ジトっとした目で俺を見るオンナ。
手入れされた黒髪にキッチリした見た目。俺を捕らえて離さない、眼鏡の奥の漆黒の瞳に、長袖ブラウスから覗く白い肌。
世間一般でいう、美少女。
勿論、知り合いでも顔見知りでもない。
彼女にとっては。
誘拐犯と被害者。
この関係は、それ以上でもそれ以下でもない。
「 ツツジはさぁ、高校生?」
「 知らずに連れ去ったんですか? 」
ううん、知ってるよ?
君が自称進学校に通ってる事も、親から育児放棄されてる事も、学校で虐められてる事も。
ぜーんぶ知ってる。
知らないって言うのは、ただの嘘。
「 あーウン、まーね? ツツジ、俺のタイプだったから一目惚れで 」
これは本当。
フツウに成りたかった、フツウじゃない御前に
ソッコー惚れたのは事実。
「 … それは光栄です 」
「 あ、ツツジ今照れたでしょ? 」
「 別に、照れてませんけど 」
ははっ …
本当に、愛くるしいな。
そのムッとした顔が、もっとぐちゃぐちゃに歪めば
アドレナリンの出すぎで死んじゃいそう。
「 キスでもする? 」
「 話聞いてます?ちゃんと文脈を読んでください 」
こんな状況下でも、俺を探るような目つきは変わらない。
フツウなら、恐怖で顔も心も歪むだろうに。
「 貴方 … と呼ぶのは少々呼びずらいですね、
何と呼べばいいのでしょうか … 」
「 呼び方かぁ、確かに重要だよね … 」
もっとも、俺の名前を彼女が呼んでくれるのが一番だけど
誘拐犯という手前、本名は避けた方がいいか
そんなことを吟味してると、昔見た本に載っていた病名が思いついた。
「 … リマ。そう呼んでよ 」
「 リマ、ですか? 」
「 そ。俺にピッタリだからさ 」
「 はぁ … 」
リマ症候群。
誘拐犯が被害者に好意を寄せる心理現象の事。
やっぱ俺にピッタリだ。
対する彼女は、呆れと困惑の混ざった顔色。
「 … つくづく変わった人ですね 」
「 お互い様じゃない?」
冗談と、望んだ顔が見れないという、ほんの少しの当て付けで言ったその言葉。
「 … はい?私は至って普通ですけど? 」
でも微かに、彼女は動揺した。
自分の口角が嫌に上がっていくのがわかった。
「 … じゃあ何で誘拐されてもこんな冷静で居らんの? 何にも叫ばず、抵抗せずに居れんの? 」
「 は、 」
きっと彼女が一番言われたくない言葉は、「 変わった人 」。
フツウに成りたい彼女にとって、地雷と言ってもいいだろう。
予想通り、彼女の眉間に皺が寄り、すぐさま険しい顔になる。
「 … 私をクラスで浮いてる奴ランキング一位の、カワイソウな人間にしないでください 」
咄嗟の言い返しだって、声が震えてる。
彼女の強がりは、俺にとっての栄養剤と同じらしい。
もっと虐めたい。
なんて加虐心さえ生まれてしまった。
だから、
「 えーでも俺知ってるよー?
── ツツジが学校で浮いてるって事 」
息を呑む彼女の、その。
歪んだ顔。歪んだ声。歪んだ心。
‘ 亜霧 榴 ’ と言う人間が壊れるサマは、どうにも俺の心を踊らせた。
他人の不幸は蜜の味。
それなら、君の不幸は何の味?
「 カワイソウだよね、ツツジも。唯々だぁい好きな先輩に一途なだけだったのに、クラスメイトからハブられてさ?
… しかも、両親からも愛されずに育児放棄されてさ、 」
「 な … んで、其れを …? 」
「 ふふふ、
俺ツツジの事なら何でも解るよ? 」
恐怖か。憎悪か。絶望か。
溺れた人魚のような彼女の顔は、きっと蜜より甘いチョコの味。
どんどん甘くなって、俺を満たして。
どんな蜜より、俺の事を引き寄せて。
もっと。
「 俺ならちゃんと、ツツジを見てさ。沢山たーっくさん愛すと思うよ? 」
「 愛して、くれる …? 」
ほら、もっともっと堕ちて。
「 ねぇ、それ本当 …? アイシテくれるの? 」
もっともっと、甘くなって。
「 うん。君の親より。親友より。一途に思ってたオトコよりも。
今迄ツツジがアイされなかった分、俺がアイシテあげる 」
俺という屑に堕ちる不幸を、吸い取らせて。
チョコレートみたく、融けて、蕩けて、堕ちて逝って。
「 うん、だからツツジ。俺と ──
ううん、季京と。
愛し合お? 」
他人の不幸は蜜の味。
君の不幸は、蜜より甘いチョコレート。
「 … ウン、ちゃんとアイシテよ? 」
虚ろな瞳の君から奪った唇。
誰かの不幸よりも、俺のせいでの君の不幸を眺めていたい。
「 ははっ … 激甘 」
甘ったるしく纏わりついて、離れない。
花 の 蜜 さ え む せ る 香 り で 。
狂 っ た 不 幸 の 病 名 は
シ ャ ー デ ン フ ロ イ デ 症 候 群
ス ト ッ ク ホ ル ム 症 候 群
【 すとっくほるむしょうこうぐん 】
誘拐事件の被害者が、被疑者に好意を寄せる心理現象。症状としては、主に相手に依存感情を持つ事が多い。
リ マ 症 候 群
【 りましょうこうぐん 】
誘拐事件の被疑者が、被害者に好意を寄せる心理現象。症状としては、主に相手を自分に依存させたいという独占感情を持つ事が多い。
シ ャ ー デ ン フ ロ イ デ 症 候 群
【 しゃーでんふろいでしょうこうぐん 】
他者の不幸をひたすらに喜んでしまう心理現象。他人の不幸は蜜の味という言葉も類義に存在する。
吉野 季京 × 亜霧 榴
コメント
29件
ストックホルム症候群から読んできました.ᐟ.ᐟ 両方ともミステリ感がサイコーです.ᐟ.ᐟ 実は一次創作初めて読んだんですけどハマりそうです…(,,. .,, )
い つ の 間 に か 一 次 創 作 も 書 い て て 驚 き し か も 普 通 に 書 く の 上 手 い の 凄 す ぎ る
おぉ、神作だᕕ( ᐛ )ᕗ