テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「みんな、おめーっ!」
幸成が中ジョッキを高々と掲げるや、チームメイト達が一斉にジョッキをぶつけ合った。浮かれた喧騒が『ファンタジスタ』内で瞬時に生まれる。もっと言えば、『ファンタジスタ』に来る前から、チームメイトの気持ちは盛り上がっていた。俺を除いて。
準決勝終了直後から瑞奈に連絡を試みているのだが、瑞奈からの折り返し電話やメッセージは返ってこない。瑞奈のことだから、スマホを放置したまま外出していることも考えられる。
たかだか二時間ほど連絡がつかないだけだ。束縛はやめよう。
そう思う一方で、前夜の瑞奈の言葉が思い返される。
――ALSだよ。
打ち明けられた際に、受話口で微かに拾った瑞奈の呼吸音が忘れられない。
あの時、俺はスマホを握りしめながら手を伸ばした。瑞奈を抱き寄せたく、手を、必死に伸ばした。掴んだのは、手に触れるのは、湿気をふくんだ空気だけだった。
……俺が瑞奈を支えないといけない。
とり乱してどうする。でも、でも……、見えるものすべてが涙で歪んだあの瞬間を、俺は忘れることができなかった。
「瑞奈ちゃんから連絡きた?」
朔太郎が声を落としながら訊いてきた。
いっそのこと朔太郎に瑞奈のALS診断を打ち明けた方が、気が楽になるのではないだろうか。彼ならば信頼できる。周囲に吹聴して物事を荒立てることにはならない。
いつまで瑞奈のことをチームメイトには黙っていないといけないのだろうか……。
いつかは知らせるべきだ。でもそのいつかが分からない。瑞奈はずっと隠し通すつもりなのだろうか。
「朔太郎……」
口が残酷なまでに戦慄き、声が震えていた。
「無理に言わなくてもいいよ」
「……え」
朔太郎の方へ顔を向けていた。俺は今どんな形相でいるのだろう。どうしてか、わだかまっていたものが、ゆっくりと喉を伝い落ちていく気がした。
朔太郎はどこまでも柔和な色を表情に浮かべていた。
「話せる時が来たら話せばいい。ごめん、無理に聞きだそうとして。瑞奈ちゃんが帰って来られないのには、何らかの事情がある。皆、うすうす気付いている。だって、瑞奈ちゃんだよ。夢の中でも晴翔と一緒にサッカーをしたーいって酔っ払いながら叫んでたぐらいだから。のっぴきならない事情がある。言うことに躊躇するのは当然のことだよ。ただ、瑞奈ちゃんもそうだけど、晴翔も抱え込み過ぎないでね。色々と悩んでそうだからさ」
ぽん、と肩を叩かれた。
拓真さんだった。
「まあ、なんだ。行ってこい。瑞奈のもとへ」
拓真さんが目を細めてゆっくりと頷きを示した。
「俺たちに報告しなくていい。余計なことを考えずに、おまえと瑞奈だけの時間を過ごしてこい。早く行け。今なら終電に間に合う」
「行くんだ、晴翔」俊介が口にする。
「晴翔、急げ」幸成が店のドアを指さす。
「行ってらっしゃい、晴翔」朔太郎がにこりと笑んだ。
「感動しちゃう。強く抱きしめるのよ。あ、これ。大吟醸、持っていきなさい」と、マスターが日本酒の瓶をカウンターにことりと置いた。
みんな……みんな……――、最高だよ。
笑顔に見送られて、俺は店の外へとダッシュしていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!