「ちっ、違いましゅよぅ。何エッチな展開に持っれいこうろしてるんれすか。ご立派しゃんめ……」
「ご、ごりっ!? 馬鹿! お、お前の方がよっぽどエロいじゃねぇか!」
「失礼れしゅね。ギンギンになってりゅの、見せつけれきたくしぇに」
「見せつけてねぇわ!」
シンプルなルームウェアさえもオシャレに着こなしたハンサムさんが、何やら必死に言い訳をしているけれど、羽理の頭の中は先ほど下からまともに見上げてしまった彼の股間を思い出していて、そんなの聞いていなかった。
ほぅ、と吐息を落としながら羽理は思う。
(……部長の部長。猛々しくて……すっごく男らしかった……!)
今なら知らなかった頃より断然っ! そういう描写がリアルに書けそうな気がして…。
書きたい気持ちが胸の奥で燻り始めてしまう。
「ビッグマグニャム……」
そう。いま書くなら課長の話じゃなくて絶対そっちだ。
口の中で転がすみたいにポツンと小さくつぶやいたら、よく聞えなかったんだろう。
屋久蓑大葉が、「は?」と聞き返してきた。
「……何れもないれす」
ぼんやりした頭でも、この秘密を本人にバラすのは良くないと言うのだけは何となく分かる。
誰かに隠し事をするのはイケナイことをしている感じがして心地いいな?と思った羽理は、思わずムフッとニヤけて。
すぐさま屋久蓑部長から、「お前っ、口閉じ忘れた可愛いカエルみたいな変顔になってるぞ?」と苦笑されてしまった。
「ぶちょぉが物凄く感じ悪いのれ帰りましゅ。へーい、たくしぃしれ下しゃい」
「へーい、たくしぃ?」
羽理の言葉を繰り返してからすぐ、屋久蓑部長が「タクシーを呼べってことか?」と聞いてくるので「それれす!」と言ったら、「荒木。お前、金持って来てねぇだろうが。――こ、今夜は泊まって行け」と言われて。
「えぇぇ。何れれしゅか」
家に着いたら運転手さんに事情を話して少しアパート下で待っていてもらって財布を持って戻ればいい。いや、何なら屋久蓑部長が貸してくれたっていいじゃないの!と気が大きくなっている羽理は、図々しいことまで思ったのだけれど。
「泥酔しまくりのお前がタクシーを降りた後、七階の部屋まで無事にたどり着ける気がしねぇからだよ!」
と、至極ごもっともなことを言われてしまって、羽理はグッと言葉に詰まった。
「でも……」
「それに! お前、会社に車置いて帰ってるだろ。ここから出勤した方が便利だぞ?」
羽理の家から会社までは車で二十分コースだが、屋久蓑部長の家からなら最悪徒歩でも出社できる。
貞操に関する危機感が不在気味の羽理は、それが物凄く魅力的な提案に思えたのだけれど。
「あっ。れも……お昼ご飯とか買うお金がないれす」
「朝飯も弁当も俺が作ってやろう」
「ホントれすかっ!?」
「ああ……」
***
食事の話を出した途端、前のめりになった荒木羽理を見て、大葉はあと一押しだ!と意気込んだ。
「俺が作るもんは結構美味いと家族からも評判だぞ?」
「卵焼きは……甘いにょにしれくれましゅか?」
「ああ、お安い御用だ。ついでに無一文は不安だろうから小遣いも付けてやろう」
実は大葉自身は、塩辛い卵焼きが好きなのだが、荒木が甘いのを入れて欲しいと言うのなら、いくらでもそちらに合わせてやろうじゃないかと思う。
「きゃー。至れり尽くせりなのれすっ。……んー、じゃあ、わらし、今日はこのままぶちょおのお家にお泊りしちゃいましゅ」
(よっしゃぁぁぁぁ!)
荒木の言葉に心の中で盛大に両腕を振り上げてガッツポーズをした大葉だったが、一生懸命頑張って顔に出すのだけはこらえた。
なのに――。
「ぶちょ? もう一つお願いがありゅのれす」
荒木が、自分の服をちょいちょいっと引っ張りながら、「こにょ服れはゆっくり休めしょうにありましぇん。迷惑ついでに、ぶちょぉの服、貸して欲しいのれす」と上目遣いで見上げてきたからたまらない。
(そんなの、OKに決まっているじゃないかっ!)
何ならどうやって彼シャツ(厳密にはまだ彼氏ではないがっ!)という男のロマンを達成しようかと脳内で模索していたくらいだ。
「も、もちろん、構わん……。ただ」
「たりゃ?」
「さすがにお前に合うサイズのズボンはないぞ?」
「ああ、しょれなら大丈夫れしゅ。わらし、いつも家れはダボダボのTシャチュにパンチュれすのれ」
ヘラリと笑った荒木を見て、大葉は「お前の危機管理能力はどうなってるんだ!」とプンスカしながらも、内心ウハウハだった。
「よし、じゃぁなるべく丈が長めのやつを見繕って来てやろう。――ちょっとここで待ってろな?」
未だゆらりゆらりと身体を揺らす荒木をソファに座らせてくるりと踵を返すと同時、今まで彼女から距離を取って遠巻きに主人のことを見守っていたキュウリがテトテトと後ろをついてきた。
「うっ……」
キュウリから純粋無垢な丸い瞳で見上げられて、大葉は(ウリちゃん、パパをそんな目で見詰めないで!)と疚しさと闘う羽目になる。
大葉はタンスの中をガサガサとかき回しながら、(パパは白を選んで色々透けて見えるのとか期待してたりしてないでちゅからね!?)と、足元のキュウリに心の中で懸命に言い訳しながら、しぶしぶ黒いTシャツを引っ張り出した。
少し残念だが、これで股間は大丈夫!のはずだ。
だが、自分が差し出した透けないTシャツに着替えてきた荒木羽理を見た大葉は、思わず「あ……」とつぶやいてしまう。
何故なら……。
彼女に貸し与えたTシャツの腹には、ご飯の器を前にヨダレを垂らしている可愛い犬の絵のイラストとともに、『ガマンの限界』という文言が添えられていたからだ。
「にゃんかお腹に可愛い絵が描いてありましゅねぇー」
荒木が腹の辺りを引っ張って「えへへ」と笑うから、裾が引き上げられて太ももが盛大に見えてしまう。
そんな無自覚爆弾な荒木に吐息まじり。
(……そろそろ俺のマテも限界だぞ、荒木羽理……!)
大葉が彼女の生足に釘付けになりながら、そんなことを思ったのは言うまでもない。
***
「俺はソファで寝るから荒木はベッドで寝ろ」
さすがに女性を変な場所で寝かせたとあっては男が廃る。
ベッドが、セミダブルひとつきりしかない以上、荒木にそっちを使わせて、自分はリビングのソファで、が自然な流れだ。
そう思った大葉だったのだが。
「えー、嫌れすよぅ。しょんな事しゃれたら……わらし、めっちゃ悪者みたいじゃないれすかぁ」
――なので、わらしがソファで!とか言い始める荒木と一悶着あって。
散々言い合いした挙句、結局、「もぉ、面倒くしゃいれすね! らったら一緒に寝ちゃいましょぉ! ぶちょぉのベッド広いれすし問題ないれす!」ととんでもない提案をされてしまった。
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