テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
深夜。
隠れ家の窓を打つ雨音だけが、静かに世界を満たしていた。
乱れたシルクのシーツの上で、チャンスは仰向けに寝転がっている。
高級な黒スーツの上着は床へ投げ捨てられ、白いワイシャツは胸元まで大きくはだけていた。薄暗い照明が、露わになった肌の線を艶めかしく撫でていく。
枕元へ置かれたサングラス。
その奥から解放された瞳だけが、異様なほど静かに冴えていた。
「――なぁ、iTrapped」
低い声。
「ゲームの必勝法って知ってるか?」
ベッド脇へ腰掛けていたiTrappedが、ゆっくり視線を落とす。
青いシャツ。
黄緑色のパンツ。
そして頭上の氷の王冠。
そこから滲み出る冷気が、部屋の熱を少しずつ奪っていた。
「必勝法?」
iTrappedは微笑む。
それは綺麗で、冷たくて、残酷な微笑だった。
「ギャンブラーの君が、そんな確実性を求めるなんて意外だね。この世にあるのは、騙す側と、騙される側だけだよ」
細い指先が、チャンスの額へ落ちた前髪をそっと払う。
恋人みたいに優しい仕草。
けれど。
その指には、一滴の熱もなかった。
チャンスは知っている。
この男は、自分を愛してなどいない。
全部、演技だ。
Banlands。
Ellernate。
Caleb244。
地獄へ取り残された仲間を救うため、そのためだけにiTrappedは動いている。
自分は駒。
財布。
人脈。
闇市場を動かすための“鍵”。
それだけ。
普通なら怒るべきだった。
裏切られたと叫ぶべきだった。
けれど。
チャンスの胸を満たしていたのは、怒りではない。
脳を焼くほどの、愉悦だった。
「必勝法はな――」
チャンスが笑う。
乾いた、狂気じみた笑み。
「絶対に負けられねぇゲームほど、持ってるチップ全部を賭け続けることだ」
ゆっくり腕を伸ばす。
iTrappedの青いシャツの襟首を掴む。
「中途半端に降りるから破産する。だったら最後までレイズし続けた方が、よっぽど面白ぇ」
そのまま。
強引に引き寄せる。
「……ッ」
iTrappedの身体がベッドへ崩れ落ちた。
シーツが軋む。
氷の王冠が揺れる。
絶対零度の冷気が、チャンスのはだけた胸元へ容赦なく流れ込んだ。
肌が粟立つ。
白く凍える。
それなのに。
チャンスは逃げない。
むしろiTrappedの腰へ脚を絡め、もっと深く引き寄せた。
「本当に無茶をするね、君は」
至近距離。
青い瞳が、静かにチャンスを見下ろしている。
そこには情熱なんてない。
あるのは、冷たい計算だけ。
(気づいているのか)
iTrappedは思う。
(僕が君を利用していることを)
けれど。
それでもチャンスは、自分から離れない。
なら。
利用してやればいい。
財産も。
人脈も。
命も。
全部。
この男が自分から差し出すと言うなら。
iTrappedはゆっくりと顔を近づけた。
唇が重なる。
冷たい。
まるで氷河そのものみたいなキス。
体温を奪われる感覚。
呼吸を侵食される感覚。
愛情ではない。
支配だ。
所有だ。
「……ッ、は」
チャンスの喉から、熱っぽい息が漏れる。
iTrappedの指が、ワイシャツの隙間から肌へ滑り込む。
冷たい。
その指先はまるで刃物みたいだった。
鎖骨をなぞり、胸元を這い、ゆっくりと心臓の鼓動を確かめる。
「君は、本当に壊れてる」
囁き。
氷みたいな声。
「僕が君を破滅させるって、分かってるんだろう?」
チャンスは笑った。
息を乱しながら。
「ハッ……だから最高なんだろ」
サングラスのない裸の瞳が、熱を帯びて揺れる。
「全部理解した上で賭けるから、ギャンブルは面白ぇんだよ」
iTrappedの冷たい唇が、再び首筋へ落ちる。
噛みつくようなキス。
そこから流れ込んでくるのは、甘さじゃない。
底なしの悪意。
利用価値への執着。
それを、チャンスは快楽みたいに受け入れていた。
(最高だ)
心の中で呟く。
(俺の全部を奪おうとしてる男に、自分から抱かれてる)
富。
名声。
フェドラ帽のコレクション。
毒親の財力。
そんなもの、どうでもよかった。
今、自分の上にいるこの男だけが、本物のスリルだった。
倍率は最高。
リスクは即死。
iTrappedの冷たい指が、チャンスの喉元へ触れる。
まるでいつでも壊せると言わんばかりに。
そしてチャンスは、その危うい指先へ自分から喉を預け、目を細めた。
友情も。
愛情も。
救済もない。
あるのは。
互いを利用し、壊し、破滅へ引きずり込もうとする、歪み切った執着だけ。
絶対零度のベッドの上で。
二人は今夜も、どちらかが完全に破産するその瞬間まで、狂ったみたいに賭け金を吊り上げ続けていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
177
#🐢投稿
(ゝω・) ねこウサギ
502
3,194