テラーノベル
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景色がよくある、けれど見覚えのない路地になってから自分が何を、どうしたのか。
歩いたのか、走ったのか。タクシーを拾ったのか。
気が付いたら、馴染んだ最寄り駅の前で一人佇んでいた。
記憶を隠してしまった霧は、一晩明けても晴れてくれず。ただ、味わった美味なる料理達と、心を一瞬で奪った幻のような人の記憶だけは強烈にあった。
『また来週、お会いしましょう』
あの時の言葉は、店を開けるのが一週間後だという意味なのだろうが、一分一秒でも早く会いたい目黒は偶々休日だった一日を探索に費やした。
最寄り駅を中心に半径何キロと決めて、西に東に、北に南に、先ずは徒歩圏内の住宅地をしらみ潰しに探して回る。息を切らし、時には駆け足で。…だが。
──成果は、まるでなし。
棒のような足を投げ出して夕飯代わりのジャンクフードを齧りながら、こんなに味気なかったのかと首を捻った。
捻りまくって思い至った原因は、恐らく昨日の晩餐。
生まれて初めて食べた味と感動は、目黒の海馬に確りインプットされてしまったらしい。
ほとほと、溜息が出た。
腹を満たす為だけの食事を早々に終え、帰宅してベッドへ潜る。
あぁ…明日、仕事か。…嫌だな。
目を閉じれば、その分朝が早くやって来る。憂鬱しきりで薄闇の天井を見上げた。
結局名前を聞けず終いだった人の微笑む顔が、ぽっかりと浮かぶ。そして花の笑顔は軈て口淫の最中へと移り変わり…口腔内の熱さ、蠢く舌、窄まる唇、そして、涙を滲ませた上目。
…背中が、ゾクッと震える。
勝手に動いた手が、勝手に陰茎を取り出し扱く。いつもながらに、呆れるほど単調な慰め。けれど決定的な違いは〝惚れた相手が自身を咥える姿〟という明確なオカズがある事。
「うっ…あ、く…っ!」
絶頂までは、あっという間。同じくあっという間にやって来た睡魔に絡め取られて行く目黒の顔には、数ヶ月振りに安らぎが広がっていた。
翌日12:15。さっさと昼食を済ませてデスクに戻り、向かったパソコンの検索欄に〝幸福レストラン〟と打ち込み検索をかける。
[ 検索結果:0件 ]
…0なんて結果、出たりするんだ。目黒はちょっと感心してしまったが、そんな場合じゃない。検索ワードを増やしたり、平仮名にしてみたり、数打ちゃ当たるで粘りに粘っても、ついに休憩時間内では芳しい成果は得られなかった。
…よし。仕事が終わったら今日も探しに行こう。それには先ず…山のような書類を片付けないと、だな。
目黒は頬をぷくっと膨らませ、気合を入れて取り掛かっていった。
全ては、恋の縁の為に。
仕事を時間内に熟す。帰りに目星を付けた住宅街を練り歩く。空振りであったとしても、ベッドで目を閉じれば最愛の人に出会える。
淫らに様々な体位で愛し合い、辱めを受けるエロくて可憐な姿に滾り切り… 満ち足りた気持ちで、朝目覚める。
それは『また』から一週間経った日も例外ではなく。憔悴っぷりは周囲から酷く心配された。
…だけど、だけど、…絶対に諦めるもんか…!
いつしか会社に対する不平不満よりも、愛を囁いてくる人(妄想)の存在が遥かに凌駕し。面倒なだけだった打ち込み仕事が、自分でシステムを組んでタイパを向上させる事でかなりスムーズになるように。
イコール、毎日定時で上がれ、レストランを探す時間が増える。
飲みの誘いをにべなく振り切り、走って社外へ出て行く姿に、直ぐにでも会いたい恋人がいるのだろうと噂が立った。それを境に飲みも、色好い誘いも、パッタリなくなり。
今や、社内での目黒の評価は〝仕事にも恋人にも一途な男〟としてうなぎ上りに。
レストランへ足を運んだ時の悲痛な目黒は、最早いない。
なのに。
一ヶ月、三ヶ月、半年と月日が過ぎるごとに、目黒の表情は色を、声は抑揚をみるみる失っていった。
コメント
2件
💚への愛で🖤がシゴデキになってるが笑える🤣早くレストランが見つかるとよいですね🖤
あー、これ…めっちゃ刺さるわ。幸福レストランの魔力がすごい。記憶はぼんやりしてるのに、味と人の感触だけは鮮明に残ってるの、リアルで怖い。目黒が仕事中も妄想でしのいでるの、切なくて笑えるし、半年経っても見つからなくてどんどん元気なくなる描写が胸にくる。続きが気になる…!