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「親が死んでも保険金なんて気の利いたものなんかに加入してるわけもないから、一気に金がなくなって。学校も辞めてその日暮らしのメチャクチャな生活送ってた。けど、音楽だけはどうしても俺の中から切れなくて。大阪のライブハウスでコピーバンドを組んで、ピアノを弾いたり音楽に携わるサポートをやりながら働いてた。その時にRBというオリジナルバンドを組んで演奏しにきた剣に会った」
――博人! 元気にしていたの? 心配していたんだよ。
唯一と言っていい俺の友人の剣は、俺のことを心配して声をかけてくれた。
「その時音響の手伝いをしていたから、スタッフとして剣のバンド演奏を聴いたんだ。正直もったいないって思った。剣のギターは良かったけど、曲もイマイチでヴォーカルがとにかく下手だったから人気は出ないだろうな、って。感想を求められたからその場で正直に言った。曲も微妙で、特にヴォーカルがよくない、と。だったら俺がヴォーカルと曲作りをやってよ、ってニコニコしながら言われて」
「そうだったんだ…」
「生活も大変だったし、もちろん断った。でも、何度も俺が働いているライブハウスに来てくれて、熱心に口説かれた。最終的には「子供の時の恩返ししてよ」とか昔のことを持ち出されて…。根負けして加入オーケーの返事をしたらすごく喜んでくれて」
――博人が曲を作ってくれたら百人力だよ。頑張ろうね!
剣はどう言えば俺が従ってくれるかかということを熟知している。人たらしな性格だから様々人を巻き込んで、最終的には剣の思惑どおりになってしまった。
でも、人から必要とされるのは嬉しかった。それが剣だったからなおさらだ。
「それからRBで活動していたら人気が出て、あっという間にデビューが決まった。事務所が結構大きなところで、白斗(おれ)の売り出し方を上手くやってくれた。剣と幼馴染っていう事実はなくなって、両親が死んだお涙頂戴できる過去も封印されて、人権も奪わた。とにかく関西弁が残ってるから、俺は絶対に人前で喋んなってきつく言われてた。孤高の魔王みたいなサド男が俺のキャラで定着した。白斗が関西弁喋ってたらおかしいやろ?」
「うん、まあ確かに…」
まさに事務所から飼い殺しにされてた暗雲時代の話やな。
「デビューして大金と音楽を好きに出来る空間を手に入れる代わりに、自由と人権を事務所に奪われた。剣も含めて曲を書く才能はRBのメンバーには無かったから、俺が作詞作曲することに誰も文句は言わなかった。信頼して一任してくれていたから、作詞作曲は白斗名義、アレンジのクレジットは一応RB名義にしていたけれど、ほとんど俺が考えてた。だから当然印税は俺に入ってくるから、白斗でいる限り金は幾らでも生み出せた。貧乏な暮らしもしなくていいし、なんでも欲しいものは金を払えば手に入ったけど…特に物欲もないし、宝の持ち腐れみたいな感じになってしまって。気が付いたら…曲が書けなくなってた」
音で溢れていた俺の視界は徐々に薄れ、色を失くし、モノクロの世界へと誘われた。
「自由を奪われた俺は、好きな音楽を奏で続けることが不可能だって気づくのに十年かかった」
「そうだったんだ…」
律が俺の手を握ってくれた。
「メンバーの人生を背負って、事務所や付随するスタッフも抱えて、俺しか曲が書けないから、全てが俺の肩にのしかかった。すごく大きな重圧で、十年目で俺は限界を感じた。気づいたらもう、音が産まれてこなくなった。創作ができなってしまって、あれだけ音で溢れていたはずの俺の心は枯渇した泉みたいになっててさ。あの時はメチャクチャ荒れた。あれだけ好きやった音楽が苦痛になって、文字もメロディーも浮かんでこなくなって、アーティスト人生もう終わった、って思った」
あの時の苦しみを誰かに話す日が来るとは思わなかったな。しかもそれを律に。人生わからないものだ。