本番が終わり、拍手と歓声の余韻がステージ裏にまだ渦巻いている中。SHOOTは、誰にも何も言わず、静かに楽屋のドアを閉めた。
「……っ」
小さな息が、喉の奥でつかえた。
ドアの音が思ったよりも大きく響き、反射的に肩が跳ねる。
けれど、部屋には誰もいなかった。
歓声も、笑い声も、壁の向こうに遠く遠く、消えていく。
SHOOTは、ゆっくりと壁際に歩み寄り、背中を預けた。
冷たいコンクリートの感触が、火照った背中にじんわりと染み込む。
(ああ……終わったんだ、ステージ……)
照明の残像が瞼の裏にまだ残っている。
音の海の中で踊り、歌い、2万人の目に自分を曝け出した時間。
だけど。
その“夢のような時間”が終わった瞬間、
全身から力が抜けていくのが分かった。
喉の奥が焼けつくように熱い。
息を吸うたび、胸が軋むように痛む。
声が出ない。
いや――出せない。
誰かに聞かれるのが、怖かった。
しゃくりあげるような声を漏らしてしまったら、 “心配”させてしまう。
“気を遣わせて”しまう。
だからSHOOTは、口元を手で覆い、
音にならない嗚咽を、息を詰めて、堪えた。
⸻
この半年、「大丈夫です」って言い続けてきた。
兄のMORRIEに。
リーダーのFUMINORIに。
明るくておせっかいなFUMIYAに。
スタッフにも、ファンにも、誰にだって。
「元気です」
「もう大丈夫です」
「ちょっと疲れてただけです」
その言葉が、いつしか呪文のようになっていた。
言えば言うほど、本当になった気がしていた。
でもそれは、薄氷みたいに脆い希望だった。
今日のステージ、本番。
2曲目のフォーメーションで、ほんの一瞬だけ振りを間違えた。
小さなズレ。
誰も気づかないかもしれない。
だけど、自分は気づいてしまった。
その瞬間、胸の奥で「プツン」と何かが切れる音がした。
張りつめていた糸が、
どんな音もかき消すように、静かに、でもはっきりと――切れた。
(俺……もう無理だったんだ……)
崩れるように、しゃがみ込む。
細い身体が折れたように、床に沈んだ。
思い出す。
少し前に、番組の企画で受けた占い。
軽い気持ちで笑いながら聞いていた言葉。
『あなた、無理をしすぎて限界が来る。途中で一度、全てを手放すことになります。』
「ふざけて笑ってたけど……ほんとだったんだな……」
震える声が、虚空に溶けていく。
目を閉じると、観客のペンライトの波がまぶたの裏で揺れている。
あの光の中に立っていたはずなのに、
今はただ、誰もいない楽屋の隅で、ひとり。
握りしめていたピアスが、汗で滑った指先から落ちた。
「……カツン」
静まり返った部屋に、その音だけが鮮やかに響いた。
その音が、SHOOTの心の最後の扉を、そっとノックした。
限界だったのは、身体じゃない。
とっくに限界だったのは、心だった。
ステージに立ちたい、その一心で――
ファンの笑顔を支えに、夢を追いかけて、
何度も「まだやれる」と、自分に言い聞かせてきた。
でも、怖かった。
期待が怖かった。
裏切った瞬間に、全部壊れてしまいそうで。
だから、笑った。
明るく振る舞った。
誰にも弱音を見せないようにしてきた。
でも。
もう。
「……俺、大丈夫じゃなかったんだな」
小さく、小さく、誰にも届かない声で呟いた。
楽屋の扉が、静かに開くのは、もう少し後のこと。
SHOOTはまだ、自分の涙を止められずにいた。
けれどその涙の先には、
いつかまた、ちゃんと笑える未来が待っている。
この夜は、終わらない。
けれど、朝はきっと、もうすぐそこにある。
コメント
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すっごい感動しました! 希望通りで読みながら朝なのに胸いっぱいになりました! 私一つ一つが長めなのが好きではるさんのお話は長いので嬉しかったです! 次回も楽しみにしてます!