床に転がっているのは無数の大小様々なパズルだった。
「ようやく、ここに辿りついたんッスね」
「アナグラム……」
あずみんたちと別れて、たどり着いた部屋は、俺様が昔いた部屋の向かい側にあるガラス張りの部屋だった。俺様の部屋は扉しかない前面壁で囲まれて空間だったから、全然違うなと印象を受ける。そこで待っていた、アナグラムも髪色はこの間と同じ黒のままだった。
「本当に一人で来るなんてお馬鹿さん過ぎて一周まわって褒めたいぐらいッスよ。ボクが、囮君を殺さない理由でもあるんスか?」
「あるぞ」
「はい?」
一人で話を進めるアナグラムに、俺様は空気を読めずに口を挟んでしまう。すると、ピンクと紫色のツートンカラーの瞳が鋭くなる。今まで、怒りや憎しみや悲しみ、殺意を向けられたことがなかった。あったとしても、俺様が気づいてこなかっただけかも知れないけど、でも自分に向けられたその目は何だ怖かった。きっと、アナグラムは俺様だけに向けているんじゃ無いんだろうけど。
「アナグラムが、アミューズのボス? って奴なんだろ? 俺様、気づいたぞ」
「どうして? ていうかー、それ関係あるッスか? 囮君を殺さない理由と、何が関係あるんスか? 現に、ボクがアミューズのボスだと仮定してそんなことをするメリットは……刺客を送り続けているのに、殺さない理由って何ッスか」
「……」
「答えられないなら、適当言うなよ。出来損ない」
俺様が黙れば、アナグラムはそう吐き捨てた。
だが、すぐに笑い始めふはっと、噴き出す。声をあげて笑ったあと、今度は冷たい視線が俺様に注がれる。まるでゴミを見るような目で、俺様を見下しているようだった。
俺様を下に見ているんだなって分かったけど、それもまあ、仕方ないことかも知れないって受け入れていた。俺様の過失じゃなくても、親の過失は子の過失でもあると思っているから。そういうの、代々受け継がれてきたから今の腐った空澄財閥があるんだと俺様は思う。難しいことはよく分からないけど。
「出来損ない……」
「そうッスよ。ボクより頭が悪い癖に、偉そうに分かるとか言わないで欲しいッス。アンタをみていると虫唾が走る。ボクが惨めになって仕方がない」
「俺様は……」
「囮君、アンタ幸せでしょ?」
と、アナグラムは突然俺様の事を指さして言い放った。
それは質問ではなく断定だった。俺様が答える前に、アナグラムは続けて言った。
「幸せッスよね。自由で、友達もいて、好きなことも出来て、好きなものを食べられて、着れて、何でもかんでも自由に出来る今の生活! 幸せに決まってるッスよね!」
アナグラムは俺様にぶつけるようにそういった。
その言い方からして、きっとろくな人生を歩んでこなかったんだろうなって言うのが伝わってきて寂しかった。どうにかして、言葉をかけてあげようと口を開けば、すぐに論破される。聞く耳なんて持って貰えない。
話せば何でも分かると、俺様はいつから勘違いしていたんだろうか。
(きっと、あずみんと出会って……友人になれないかもって思いつつも、話しかけに行ったときだろうか)
本当は俺様は分かっていた。あずみんは自分と距離を置いているって、でも俺様は友達になりたかった。だから、俺様はあずみんに喋りかけた。そうして、得られた結果だった。
だから、今回も同じようにって……そう思っていた。でも、目の前のアナグラムをみてきっと話なんて通じないだろうなって思ってしまった。
アナグラムは、俺様を妬ましく思っているから。
「そう……俺様は幸せだぞ。友人もいて、毎日学校に行けて……小さい頃はそんな風になれるなんて思ってなかったんだけどな。人生って何とかなるもんなんだな!」
「うぜぇよ、アンタ」
アナグラムは舌打ちを鳴らして、俺様に近付いてきた。
そうして、胸倉を掴みあげてさらにその瞳を鋭く尖らせた。
「危機感持ったらどうなんスか。囮君」
「だって、アナグラムは俺様に酷いことしないだろ?」
「だから、根拠は――!」
「父さん達は――、父さん達は、お前に酷いことしたかも知れない。俺様も、同じ被害者だって言わないけど……それでも、だから、俺様を殺さないって思ってる」
「はあ?」
「命乞いじゃない。俺様は、アナグラムのこと分かってやりたい」
と、俺様が言えばアナグラムは一瞬驚いた表情を見せた後に、俺様を掴んでいた手を離す。それから、今度は俺様の顔に自分の顔を近づけてじっと見つめてくる。
ピンクと紫色の瞳が、俺様の瞳を捉えて放さなかった。
「アンタにボクの何が分かるって言うスか。出来損ない」
「分からないから、知りたいって思うのが普通だろ?俺様は、アナグラムのことが知りたいよ。だから、教えて欲しい」
「……」
「俺様に聞かせて欲しい。アナグラム……いいや、空澄定理。俺様のお兄ちゃん」
ピクリと動いたアナグラムの指先を、俺様は見逃さなかった。
「……は、はあ? ボクがアンタのお兄ちゃん? なわけ、ないじゃないッスか。ボクが、消えた御曹司、空澄定理? なわけ――――」
「定理お兄ちゃんは、ヒントくれただろ? アミューズって、あの手紙に書いてあったのただの間違いなんかじゃないよな?アミューズのつづりは『AMUSE』が正解なのに、あの手紙には『AMUSI』って書いてあった。それに、定理お兄ちゃんと初めて会ったときお兄ちゃん言ってただろ?『”イー”じゃなくて……”アイ”』って。お兄ちゃんの偽名のアナグラムって、そのまま『AMUSI』を入れ替えろって事だったんだろ?『ASUMI』空澄って」
半信半疑だった。
でも、俺様の直感がそういったんだ。アナグラム、定理お兄ちゃんはそういう謎解きとか数学的な事が好きで、それこそアミューズっていう組織名も、お楽しみっていう遊びみたいな名前だったから。
あっているかと、答えを確認しようと、お兄ちゃんをみれば図星とでも言うように唇を噛んでいた。
「……だったとしてもそれだけで、ボクが空澄定理って、何でそうおもったんスか。証拠は」
「直感」
「そんな、科学的でも数学的でもない根拠……誰が」
「俺様、知ってた。両親が俺様に無関心なことも、何処か罪悪感を抱えたように関わらなかったことも顔も、知ってた。知ってて見て見ぬフリしてた。俺様は、きっと誰かの代りなんだって、薄々気づいていたよ」
そう、だからきっと俺様の名前は「囮」何だろう。本物の御曹司であり長子であった定理お兄ちゃんの存在を隠すために。
俺様が、そう言えば、お兄ちゃんは少しだけ悲しそうな顔をしていた。
それは、まるで本当の弟を見るような目つきで、今にも泣きだしそうなお兄ちゃんを慰めるように俺様はどうしたら良いか分からなかった。
「おに……」
「ハハ、ハハハハ! 傑作ッスね。こりゃあ、傑作ッスよ。確かに認めるッス、ボクがわざとヒントを残したこと、そこに遊び心があったこと、弟である囮君を殺さなかったことも全部!でもね、本当に、哀れッスよ。囮君、可哀相に、囮君。『囮』何て名前つけられて、ボクの代わりに生かされて。そして、可哀相なボク……ほんと、空澄財閥はいかれてる、心がない。だから、壊滅させるべきなんッスよ!」
と、突然大声で叫んだアナグラムは、また俺様の首に手をかけた。
「かっ……はっ……」
さっきよりも強い力で、首が締め付けられていく。息が出来なくなって、苦しい。
目の前にいるアナグラムは、もう正気ではなかった。狂気に満ちた瞳を輝かせて、口元を歪ませて笑っていた。
ああ、これが本性なんだなって。
本当はずっと我慢してたんだって。
俺様は、何も分かっていなかった。俺様は、やっぱり偽物の御曹司なんだなって。
「冥土の土産に教えてやるッスよ、空澄財閥の闇を。ボクと囮君が生れた経緯を!そして、ボクの前で死んでくれよ、囮君!」
息が苦しくなって、意識がもうろうとし始めた。手を動かそうにも暴れれば暴れるほど首が絞まって息ができない。
(……こういう時、あずみんなら、何て言う? 何をする?)
あずみんは俺様よりも優秀で何でも出来て、いつも俺様を助けてくれた。あずみんだったら、こういう時どうやって切り抜けるか。
「……何スか、その目」
「……は、はは……えがお、の……おそそ、わけ……」
「意味分からねえッスよ。酸欠で頭いかれちまったんスか?」
「わらってたら……しあわせ、に、なれるって……おれさまの、笑顔、……あずみん、大好きだって、口では、いってくれ……なかったけど」
そう俺が言うと、お兄ちゃんはそのまま俺様を投げて手を払う。俺様は、積み木に激突し、そのまま床に転がった。
そうして、咳き込みながら空気を取り込もうと必死に呼吸を繰り返す。酸素が足りないせいなのか、頭がくらくらして思考がまとまらない。
そんな俺様をみて、ゴミでもみるかのようにお兄ちゃんは見下ろした。
「本当に、馬鹿ッスよね。救えない。そんなんで、ボクが救われるとでも思ってるんスか?」
「……すく、われない、かもしれない。でも、かわる、事は出来ると思う。俺様がそうだった。俺様の笑顔で、笑顔になってくれた人、がいたから……お兄ちゃんも笑わせたい。父さんとか、財閥とかどうでもいいから、お兄ちゃんは笑ってて欲しい」
不甲斐ないなあ、なんて初めて思った。こういう時に使う言葉なんだってあずみんに教えて貰っておいて、正解だと思った。
お兄ちゃんは、見下ろした後拳を握って俺様の顔面寸前で止める。
「……アンタのせいで、殺せない。もう、こっちはぐっちゃぐちゃッスよ。空澄財閥の事許すんスか?」
「俺様、きっと、お兄ちゃんより、詳しく知らない」
何をしてたとか、何が悪かったとか、そういうのは何も知らなかった。
だから、詳しいことは何も言えないけれど。
「……空澄財閥は、人間が手を出しては行けない領域に手を出したんスよ。その完成形が、ボク。そして、欠陥品が囮君。空澄財閥はね『自分の理想の子供を創り出す』研究をしてたんッスよ。それ、どういうことか分かるッスか?」
――自分たちにとって都合のいい玩具を、人工的につくるっていうことッスよ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!