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「……幸せになって、王子谷」
主任が、一歩、俺の懐に踏み込んできた。
ふわりと、凛とした花のような香りが鼻腔をくすぐる。細い腕が俺の背中に回され、そっと抱きしめられた。
慈愛に満ちたハグ。 そして彼女はそっと体を離すと、少し背伸びをして――あの日と同じように、俺の頭を優しく、ぽんぽんと叩いた。
「っ……」
視界が歪みそうになるのを、俺は必死に、死ぬ気でこらえた。 最後に彼女が見る俺の顔は、最高の笑顔でありたかったから。
「……ありがとうございます。俺、主任に出会えて……本当によかったっす」
俺は口角を上げて、精一杯の「格好いい笑顔」を作った。彼女が安心して背中を向けられるような、そんな顔で。
主任は満足そうに微笑むと、一度も振り返ることなく、駅に向かって、雑踏の中に消えていった。彼女の背中を見送りながら、俺は深く頭を下げた。
彼女が見えなくなったその瞬間に、膝から、ふっと力が抜けた。
「…………っ」
その場に座り込み、俺は両手で自分の顔を覆い、視界を塞いだ。冷え切った手のひらの感触が、酒で火照った体温と混ざり合う。
(あーあ……。やっぱダメだったか。……情けねえな、俺)
篠原愛紀
#独占欲