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訪れた老夫婦の家はこぢんまりとした温かみのある一軒家だった。
「こんにちはー」
玄関の外から声をかけると。
「はいはい。今行きますよ。どちら様じゃろうか?」
「買い物代行依頼を引き受けた冒険者の者ですが」
「おや。もう買い物をすませてくれたのかい?」
現れたのは腰の曲がった白髪をきっちりと結い上げた老婆。
老婆からはシスター同様に、良い年の取り方をしたんだろうなぁと思う、穏やかさと品の良さが滲み出ている。
「いえいえ。これからなのですが、もしよろしければ、料理の方もこちらでやろうかと思いまして。料理が趣味なものですから」
「なんとまぁ、有り難いことじゃのぅ。爺さんや! 爺さん!」
「お客様がいるのに大きな声を出すんじゃないよ、婆さんや」
「このお嬢さんたちが買い物代行を引き受けてくれただけでなく、料理もしてくださると申し出てくれたんじゃよ!」
「なんと!」
これまた、白髪に見事な白髭を伸ばした老爺が現れる。
腰の曲がり具合が老婆よりも深かった。
「苦手な食材や食べたい物はありますか?」
「そんな贅沢は言わんぞ?」
「爺さんや。昔から言うておるじゃろ。こういうときは、具体的に希望を言う方が親切なんじゃよ」
会話の中で、何となく二人の力関係が見えた気がする。
「そういうものかのぅ? ……それなら、やわらか~い肉に味がよくよーく染み込んだシチューが食べたいものじゃなぁ」
「爺さんの辞書には遠慮という文字はないのかのぅ……申し訳ない」
リズム良く飛び交う漫才のようなやりとりを、二人は黙って興味深そうに見ていた。
何となく二人は今まで、極々一般的な老人たちにあまり接してこなかったように感じる。
厭うているわけではない、ただ、どう接したらいいかよくわからない的な、独特の距離感があった。
「のぶたんのお肉がありますから、それを使いましょうか?」
「のぶたん! まぁ、爺さん! どうしましょう!」
「そんな高級食材を、ええんかのぅ?」
「ええ。主人がたくさん狩った物なんです。在庫がたくさんあるんですよ」
「すばらしい御主人なんだねぇ」
何時もなら、私にはもったいないくらいに! と即答するのだが、苛つきが抜けない今は曖昧な微笑を浮かべてごまかしておくしかできなかった。
「……シチューメインの夕食というのも味けないです。他に召し上がりたい物はありますか?」
「ほんにまぁ、有り難いことですがのぅ。年寄りはそんなに食べられないんじゃよ。パンとサラダがあれば十分じゃなぁ」
「そう、ですか……では、デザートはいかがでしょう?。先日いただいたピンクピルンのババロア・ホワイトピルンのソースがけが凄く美味しかったんですが」
「まぁ! 私はピルンが大好きなのよ!」
「ふむ。ババロアなら、食べやすいのぅ。是非ともお願いしたい!」
乙女のように瞳を輝かせた老婆の様子を窺った老爺が深々と頭を下げてくれた。
「そうしたら、うーん。シチューの材料もサラダもパンもあるのよねぇ」
買い物に三人で行くよりは、二人に任せて、自分は調理にかかった方が効率が良さそうだ。
「では、我らが飲み物とピルンを買ってこよう」
「飲み物の好みはありますか?」
私の意図を汲んでくれた二人が老爺に様々なリクエストを聞いている間に、老婆がキッチンへと案内してくれた。
決して広くはないが、二人分の調理を三食きちんとしている雑多な感じと、日々懸命に掃除をして清潔を保っている様子が窺えた。
「おやまぁ。指輪がアイテムボックスなんて、初めて見たよ! 長生きするもんじゃなぁ」
「ふふふ。そうですか? 心配性の主人が持たせてくれたんです」
夫は、想定外に起きるあれこれが多くてやきもきしているのだと思う。
隣にいても過剰なくらいの心配性だ。
近くにいない不安を、もしかしたら私以上に感じているのだろう。
分かっている。
けれど。
二人に八つ当たりをした件については、きちんと謝罪してほしい。
夫に対する私の過剰反応を詫びるのはそれからだ。
「……御主人と喧嘩でもされたのかねぇ?」
「ええ。私には勿体ないくらい良い主人なのですが……とても心配性で。今は理由がありまして、近くにいられないせいもあって、私のそばにいる大切な人たちに八つ当たりをするほど、悪化してしまったのです」
「なるほどねぇ。二人だけの問題ではないと、明快な解決が難しくなってしまうものねぇ」
「二人に謝罪さえしてくれれば、私もすぐに許せたんですけどね……」
謝罪の時間すら許せなかった。
言い訳が先に出るのは、それだけ、私への思いを誤解されたくなかった証だと重々承知していても。
「一緒にいられるようになってからは、こんなに長い時間、遠くに離れたことがなかったものですから」
優秀な夫は、必要に応じて外出を余儀なくされたりもする。
日本国内であれば、否、外国であってもこんなに不安も不満も抱かなかっただろう。
しかし、ここは異世界。
私から夫への連絡手段は、念話もどきのみ。
会おうと思っても会えない。
それがどうしようもないストレスだった。
「長い人生そんなこともあるわねぇ。うちの夫は漁師だったから、一緒にいられるようになったのは最近なのよ?」
「そのようには見えませんでした」
失礼ではない程度に調理をしながら、相槌を打つ。
老婆も取り出した食材を洗ったり、切ったりしてくれる。
老爺は気を利かせてくれたらしい。
二人と一緒に買い物へ出かけたようだ。
「よく言われるのぅ。離れていた期間が長かったから、お互い大抵の我が儘を許せるんじゃよ。それがまぁ、夫婦円満の秘訣かもしれんよ?」
「……次に連絡をするときには、こちらから先に謝ります」
私にも非があるけれど、貴男にはそれ以上の非がある、ではなく。
貴男が先に謝らないと、私も謝れない、許せない、でもなく。
私にも非があって、貴男に過剰反応をさせたのだから、二人で謝ろう? が正解だった。
正解をきちんと認識できた以上、謝罪は絶対私からすべきだ。
こういうことは、どんなに親しくても、筋を通さなくてはいけない。
「謝るのもいいが、感謝の気持ちも一緒に伝えるとより有効じゃ、が! 御主人には、おねだりもいいかもしれんのぅ。たまには謝罪を、私の方からさせてほしいの! とか、どうじゃな?」
短い会話の中で、実に的確に私と夫の関係を見抜く、頭の回転の良さに舌を巻く。
「ありがとうございます。こちらが依頼を受ける立場ですのに、愚痴を聞いていただいて的確なアドバイスまでいただいて」
「まだ足りぬくらいじゃよ。老婆の戯言と受け止めぬ貴女なら、御主人ともすぐ仲直りできるじゃろうて……しかし、美味じゃのぅ」
老婆が時間促進をかけて手早く作ったシチュー鍋を覗き込んでいるので、木杓子に一杯掬って手渡した。
ふうふうと口をすぼめて冷ましたシチューを食べた老婆は、顔をしわくちゃにして喜んでいる。
「のぶたんの肉がとろっとろじゃ。それなのに、野菜は風味と食感を保っておる。料理に慣れた者は自在に魔法を操るというが、いやはや眼福至福じゃったよ!」
「喜んでいただけて嬉しいです。どれも多めに作ってありますから、御近所にお裾分けをしても良いと思いますし、保存強化を施してありますから、一週間は保ちますよ」
サラダも新鮮野菜を五種類以上使って、彩りも鮮やかに。
パンは教会でも出したパンを含めて十種類ほどを用意した。
「爺さんと二人占めじゃな。期間ぎりぎりまでのんびりいただくとしようかのぅ。ありがとうなぁ」
「婆さんやぁ! 良いピンクピルンが手に入ったぞ!」
どうやら買い物も順調だったようだ。
老爺が大籠にたっぷり入ったピンクピルンをテーブルの上へ置く。
一個を手に取ると、桃の芳醇な香りがやわらかく鼻を擽った。
「こりゃまた、良い匂いじゃのぅ」
老爺に、値切りの御技を伝授いただいてのぅ……見事な御技じゃった! とは彩絲が楽しそうに言った。
いやーおじいちゃん、年の割に力持ちで驚いたわ! とは雪華が囁いて寄越した。
買い物も充実していたようで何よりだ。
「ほれ!」
「いいのか?」
「わしは先にいただいた。最高じゃ!」
「まぁ、わしもピンクピルンの味見をしたからのぅ。お互い様じゃな」
老婆が差し出した味見用の木杓子を受け取った老爺が、代わりに小さなピンクピルンを手渡している。
「うまぁ!」
「あまぁ!」
老爺と老婆の喜びの声を聞きながら私は、二人に手伝ってもらってピンクピルンのホワイトピルンソースがけ、生クリーム添えのデザートを作り上げた。
一緒に食事をしていけばいいのにのぅ! と言ってくれた二人に、先約があると断りを入れて別れる。
評価は水晶をもらった。
別途のお礼は、老爺から王都に限らず魚屋であれば、どこでも美味しい物を安価で譲ってもらえるらしい、老爺直筆の紹介状を。
老婆から衣料関連商品ならばどんな物でも、質の良い物を安価で譲ってもらえるらしい、老婆直筆の紹介状をいただいた。
美味しい魚や、二人が喜びそうな衣料関係にコネができたのは嬉しかったが、何より老婆のアドバイスが有り難かった。