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鈴子と増田は社長室で向かい合っていた、重厚なマホガニーのデスクを挟み、窓からは神戸港の夕陽がオレンジ色に差し込む
増田は分厚い事業計画書を広げ、赤いボールペンで重要な箇所を指しながら、熱心に説明を続けていた、やがて一息つき、計画書の最後のページを閉じて言った
「そろそろ会社に戻ってもらわないといけません」
そう言いながら増田は鈴子の様子を観察した、彼女の目は少し腫れぼったく、肩のラインに疲労が滲んでいる
「微妙な問題がいろいろ持ち上がっています、ボスでないと決定できないこともありますから」
増田の声は低く、しかし決して揺るがなかった、鈴子は指先でデスクの木目をなぞっって唇を噛んだ。それは分かっていた、自分には二万人の社の従業員の生活がかかっている、怪我をした浩二の傍にもっといてやりたいのはやまやまだが、ここらへんが潮時なのかもしれない、心の中で浩二の青白い顔が浮かび、胸が締めつけられる
鈴子はゆっくりとため息をついた
「分かったわ・・・来週からいつも通り出勤します・・・」
鈴子の声は残念そうに掠れていた、増田は小さく頷いて計画書を鞄にしまった
・:.。.・:.。.
週末夜のコンドミニアムは静かだった、ダイニングテーブルには鈴子が作った和風の夕食が並び、湯気が立ち上っている、やっと歩けるようになった浩二がダイニングテーブルの椅子に座り、箸を手に取ったが、ほとんど口に運ばない
「もっと食べなきゃダメよ浩二」
鈴子があまり食べない浩二に食事を勧める、彼女の声は優しく諭す様だったが、しかしどこか切迫していた、浩二は箸を置き、テーブルの下で膝の上で拳を握った
「これ見て、鈴子」
食事が終わって浩二がタブレットを鈴子に見せた、画面は選挙ニュースサイトで、太いゴシック体の見出しが目を突く
―兵庫県知事選挙、現知事が当選確実の予想80%―
その記事には、対立候補の姫野候補は暴漢に襲われて負傷のため、講演会のチケット払い戻し続出、と冷酷なまでに事実が並べられていた、鈴子はそれを見た瞬間ハッとした、息が詰まり、指先が冷たくなった、タブレットの光が鈴子の顔を青白く照らし、瞳に涙が滲んだ
「でっ・・・でもまだわからないわ、浩二・・・諦めるのは早いわよ」
必死で慰める鈴子の声は震え、テーブルに置いた手が小刻みに震えている、浩二はタブレットを静かに閉じ、窓の外に広がる夜景を見た
「ありがとう・・・でも、数字は正直だ」
浩二の声は低く、掠れていた、彼はソファーに座っている鈴子の手を取った、その手は熱く、震えていた
「残念ながら君が兵庫県知事と結婚することはもうなくなった・・・けど僕はかなり腕の良い弁護士だ」
「浩二・・・」
「これから僕は弁護士で身を立てようと思う、こんな僕だけど結婚してくれるかい?可愛い鈴子」
鈴子は首を振った、涙が頬を伝い、微笑もうと思うのに上手く笑えない
「するに決まってるわ!ああっ!浩二!愛しているわっ!愛している!」
鈴子は浩二に泣きながら抱き付いた、
「僕も愛してるよ」
浩二もしっかり鈴子を抱きしめた、その日の夜は鈴子は幸せな浩二の腕の中にいた、彼の傷に触らない様に優しく鈴子が上になって揺れた、久しぶりの快感にただ身を任せ、いつまでも鈴子の涙は止まらなかった