鈴木を見送ってから、部長に電話をした。
夕方まで一緒に会議に出ていた俺は、今日の接待が危なそうな事も話していた。
それに、今日接待で使った店はうちの会社のなじみの店。
営業はもちろん、社長も専務もよく使う店だ。
そこで騒ぎを起こせば、イヤでも上層部の耳に入る。
背びれ尾びれが着く前に報告しておいた方がいいだろう。
「高田です。夜分にすみません」
『どうした?』
こんな時間に突然かかった電話に、部長の声が緊張している。
「今日の鈴木の接待ですが」
『何かあったのか?』
「ええ、大事にはいたりませんでしたが・・・」
『それは気の毒な事をしたな』
「1人で行くなって言うのを聞かなかったのはあいつの責任でもありますから。ただ、あの店ってうちの上層部とも親しいんですよね」
『ああ。あそこの女将は専務とも懇意だからな、もう耳に届いているかもしれないな』
「ええ」
『俺の方からも報告を上げておくから』
「お願いします」
社内でも、豪腕で厳しくて嫌われる事の多い営業部長。でも、俺は信頼している。
決して間違った事は言わないし、部下のフォローだって忘れない。
ただ、言葉が強すぎて嫌われ者に回る事が多いだけ。
まあそこは、俺が緩衝材になればいいと思っている。
先日の小熊の事だってそうだ。鈴木は小熊をかばうし、周りのみんなも「部長もあんな言い方しなくたって」と言うが、悪いのは小熊だ。
上司にたてつくとか、仕事を放りだして逃出すとか、社会人として許せない。
そして、そんな小熊をきちんと叱る事ができなかった鈴木が問題なんだ。
『相手の部長には俺が話をするから、あそこの担当から鈴木を外せ』
「はい」
すみませんでしたと頭を下げ、俺は電話を切った。
***
翌朝、鈴木から体調不良で欠勤の連絡が入った。
朝一できたメールにも、『まだすこし頭痛がするので今日は休みます』と書いていた。
きっと、頭痛よりも精神的ショックの方が大きいのかもしれない。
ブブ ブブ ブブ。
内線だ。
「はい、高田です」
『専務秘書室の青井です』
「お疲れ様です」
『お疲れ様です。今お時間よろしければ専務室までいらしていただけませんでしょうか?』
「わかりました。伺います」
そう答えるしかなかった。
専務秘書の青井麗子さんは、専務との結婚が秒読みと言われる超美人。
彼女が俺を呼ぶって事は、専務が呼んでるって事だよな。
それも名前を出さずに秘書に呼ばせるって事は、内密にしたい用件。
なんだか怖いなあ。
「ちょっと外すから、何かあったら携帯で呼んでくれ」
***
久しぶりに上がった管理職フロア。
社長室や専務室が並んでいる。
トントン。
「高田です」
「どうぞ、専務がお待ちです」
ドアが開き、そのまま奧の専務室に通された。
「失礼します」
「ああ、座ってくれ」
「はい」
幾分緊張気味に俺はソファーに腰を下ろした。
社長の息子で専務の鈴木孝太郎氏。
もちろん御曹司ではあるんだが、仕事もできる切れ者。
若くして経営陣に名を連ねたため、当初は反感も買ったようだが仕事ぶりと成果を見せつけて古株達を黙らせた。とにかくできる男だ。
「昨夜の事を君の口から聞きたいんだが」
昨夜って、鈴木の事だよなあ。
「昨日、鈴木一華に何があった?」
「えっと・・・」
どう説明するのが一番いいんだろうか?
彼女が傷つくような事は言いたくないんだが・・・
「真実が知りたいんだ。ありのままに頼む」
「はい」
俺は正直に話した。
本来1人では行くべきでない接待に1人で行ってしまったために起きた事。
薄々感ずいていて、それでも止めなかった俺にも責任がある事。
相手の部長の行動は犯罪レベルで、あと少し遅ければ大変な事になっていた事。
そして、鈴木がすごく傷ついている事。
「上司としての責任は私にあります。申し訳ありません」
一旦立ち上がり頭を下げた。
「君は悪くない。悪いのは相手の部長と、用心しなかった一華だ」
一華?
「あ、あの」
「君が助けに入らなかったらどうなっていたかと思うと恐ろしいよ。本当にありがとう」
「はあ」
何だろうこの違和感。何かが引っかかる。
***
「もう一つ聞きたいんだが、先週火曜日の晩は一華と一緒にいたのか?」
「え、ええ」
ん?
待て。
火曜日って言えば・・・
「君達は付き合っているのか?」
「いいえ、そのような事はありません。その日はたまたま」
「朝まで一緒にいた?」
「ええ。いや、そうじゃなくて」
マズイ。
俺とした事が誘導尋問に引っかかっている。
頭に浮かんだ大きな疑問。
そのせいで軽いパニック状態になっている。
「高田くん」
「はい」
「はっきり言っておくが、君と一華の交際は認めないよ」
「・・・」
なんとなくパズルがつながってきた。
鈴木社長。鈴木専務。鈴木一華。そういうことか。
「専務は鈴木一華の」
「兄だ」
はあ-、やっぱり。
「改めて昨日の事は礼を言う。本当にありがとう。でも、一華との交際を考えているのなら諦めてくれ。一華は見合いをさせてしかるべき家に嫁がせたいと思っている」
「仕事を辞めさせるんですか?」
「近いうちにな。元々一華が働く事には反対だったんだ。花嫁修業でもして嫁に行ってくれる事を望んだんだがね」
「もったいないですね。天職なのに」
「昨日みたいな目に遭ってもか?」
「それは・・・俺の責任です」
「どちらにしても、言って聞く子じゃないからな。もうしばらくは面倒を見てやってくれ。素性がバレるのを嫌がっているから、知らないふりで頼む」
「はい」
鈴木が社長の娘と聞いて色んな事が腑に落ちた。
ただ、それを聞いたからと言って俺の気持ちが変われる気がしなかった。
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