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マンションは案外すんなり買い手が付いて、月末までには全ての荷物を出して清掃業者を入れ、完全に明け渡すことになっている。


とりあえず、という形で結葉ゆいはの洋服類や靴などは運送会社に手配して、山波やまなみ建設宛に送るようにした偉央いおだった。

だが――。


彼女を監禁するに際して服などを取り上げた時にも感じていたけれど、それらを改めて箱詰めしてみると、偉央いおは三年間の結婚生活のなか、結葉ゆいはが本当にごくごく必要な分しか物を持っていなかったことに気付かされた。


化粧品ひとつとっても小さなポーチに全て収まってしまう程度。


服にしても――偉央いおが彼女を家から出さなかったことも関与しているんだろうが――大人が一人膝を丸めて入り込める程度の大きさの段ボール箱一箱に収まってしまった。


それに靴が数足あるだけ。

靴に関しては、夏仕様、冬仕様、フォーマル、カジュアルと用途に合わせて使い分けてはいたのだろうが、余りにも少ない持ち物の量に、偉央いおは正直愕然としたのだ。


アクセサリー類も、誕生日などに偉央いおがプレゼントしたものを含めても小さなケースにみんな収まりきってしまった。

一番多かったのはピアスだったが、それにしたって五セットもない――。


偉央いおは、結葉ゆいはには金銭的には何不自由ない暮らしをさせていたつもりだ。


だがふたを開けてみれば、自分は彼女にこんなにも質素な暮らしを強いていたのだろうかと吐息が漏れた。


マンションを引き払う前に自分で荷物の整理に来るか?と問いかけた時、結葉ゆいはが「大丈夫です。そちらで処分して頂くか、廃棄するのに困るようでしたら山波やまなみ建設宛に送って頂けたら」とアッサリと言ったのを思い出す。


あれは、捨ててしまっても惜しくない量しか物を持っていなかったからだったんだろうなと、小ぢんまりまとまってしまった結葉ゆいはの持ち物を見て、偉央いおは小さく吐息を落とした。



***



結葉ゆいはの荷物を山波やまなみ建設宛に送り出して、自分の荷物は使うものだけ手元に残した偉央いおは、大半の荷物を病院近くに適当に借りた賃貸マンションに押し込んだ。


だが、どうしても片付けが後手後手に回ってしまった結果、部屋の中は段ボールが山積みのまま、未だそこで生活を始めるには至っていない。


いつまでも病院に寝泊まりしているわけにはいかないと言うのは、偉央いおにだって分かっているつもりだ。



***



たまにはマンションに戻って荷物の整理でもしようと、『みしょう動物病院』のセキュリティを超絶久々にオンにして外に出た偉央いおだったけれど、 駐車場に停めた車に近付いた所で、待ち構えていたのだろうか。



物陰から現れた加屋かや美春みはるに、呼び止められて、仕事中のように「御庄みしょう先生」と呼ばれなかったことが、美春の中の〝女〟を感じさせてきて、偉央いおは小さく吐息を落とした。



***



美春みはる。どうしたんだよ、こんなところで。――ひょっとして僕を待ち伏せでもしてたのか?」


あちらがその気なら乗ってやってもいいか、と思ってしまったのは、偉央いおの心が今現在隙間だらけですさみまくりだったからかも知れない。


結葉ゆいはと結婚してからは、妻以外の女性には全く関心がなくなって、美春はおろか、他のどんな女性とも不貞なそういう関係になったことはなかった偉央だったけれど、もうどうでもいいかと思ってしまった。


考えてみれば、自分は随分と長いこと女性を抱いていない。

同居していた折には、妻の意思きもちなんてお構いなしに結葉を無理矢理組み敷いたことは幾度もあったけれど、別居してからは当然そういうこともなかった。

婚姻時のように愛しい結葉が抱ければベストだが、もうそれは叶わない夢だ。


だったら昔みたいに適当な女性で男の欲を解消しても良いんじゃないかと投げやりなことを思った偉央だ。


先程からチラチラと偉央の左手薬指に視線を送ってくる美春に気付かないほど自分は鈍感には出来ていない。



「……うん。だって偉央、この所ずっと病院泊まりだったでしょう? その……今日は離婚も成立したみたいだし……えっと、ご、ご飯でもと思っ……」


「――食事だけで済む話? ねぇ美春。正直に言ったらどう? 夕飯の後はキミの家に泊めてくれるって話なんだろ?」


美春は、わざわざ偉央の離婚が成立したこのタイミングで誘いをかけてきたのだ。


下心が皆無ということはないだろう。


今日はマンション整理のつもりで出てきたけれど、いつもならこの時間にコンビニに食料――主にエナジーゼリー系や飲み物――を買いに行っていた偉央だ。

きっと美春はそれを知っていて待ち伏せしていたに違いない。


いくら美春だって、ずっと建物内に引きこもっているかも知れない相手を外で長々と待っていることはないだろうから。


だとすれば、彼女はこの所の偉央の行動パターンを把握していて…… その上で今までは行動に移さなかったのを、わざわざ自分が離婚したこのタイミングで動いたと考えるのが自然だと思えた。


相手にそのつもりがあるなら、今日くらいこの辛さを紛らわせるため、彼女の欲に乗っかっても罰は当たらないだろう。


「……来て……くれるの?」


美春が恐る恐る聞いてくるのが滑稽に思えた偉央はクスッと笑って助手席ドアを開けた。


「そのつもりで声を掛けてきたくせに今更カマトトぶるなよ。ちょうど僕もそっちの方は随分ご無沙汰でぶっちゃけかなりんだ。……なぁ美春。当然昔みたいに付き合ってくれるんだろう?」


――オーケーならそのまま車に乗り込めばいい。

――そうでないなら何か理由をつけて断れば? 僕は別にどちらでも構わない。


そういうつもりで、意地悪く当たりの良い営業スマイルを浮かべて美春を見つめたら、予想外にギュッと抱き付かれる。

不意打ちのような抱擁に、偉央は正直驚かされてしまった。


「お願い、偉央。私の前でぐらいそんなに無理して自分を取り繕わないで?」


美春のその言葉に、偉央の喉の奥、言葉にならない声がヒュッと喘鳴ぜんめいのような音を立てて溢れ出る。



「美春に……僕の何が分かるんだよ」


一拍おいて紡いだ言葉は、偉央自身驚くほど冷え冷えとしたものだった。


なのに美春はひるむどころかそんな偉央を真っ直ぐに見つめ返してきて言うのだ。


「最愛の奥さんと離婚した偉央の気持ちは私には分からない。でも……振り向いてくれない相手に好意を寄せ続ける辛さなら私にも理解出来る」


偉央を強い眼差しで見上げたまま、美春は偉央の服を掴んだ手指に力を込める。


「だって……私はずっと貴方に片想いをし続けてきたんだもの」


美春が自分のことを憎からず思っているのは、独身時代同僚として不埒ふらちな関係を築いている時から感じていた偉央だ。


だけど――。


それは偉央同様、気軽に遊べる気兼ねのないセフレとしての気安さの上に成り立った好意だとずっと思っていた。


もしも今みたいに美春が本気をぶつけてきたら、偉央は絶対に彼女と男女の関係にはならなかったし、そんな面倒は御免だと骨身に染みていたから。



「美春、僕は――」


「本気の女は相手にしない、でしょう?」


グッと美春の身体を自分から引き剥がすようにして、偉央が断りを入れようとしたら、先んじて美春に封じられてしまった。


「だったら――」


(それが分かっていて何故美春は今更そんな真っ直ぐな思いを僕にぶつけてくるんだろう?)


「玉砕覚悟でぶつからなきゃ、いつまでも平行線だから」


まるで、偉央の心の中を見透かされたようなセリフと共に美春にグイッと服の胸元を引っ張られて半ば強引に口付けられた偉央は、突然のことに彼女を振り払うことも出来ないままに瞳を見開いて固まってしまう。


「この前偉央が奥様にしたあれこれを聞いて私、思ったの。偉央はすっごく好きな相手とはうまくいかないタイプだって」


キスを解くなり美春が偉央を食い入るような眼差しで見上げてそう宣言した。


「ねぇ偉央。私にしときなよ」


偉央は、何も言えずにそんな彼女をじっと見下ろすことしか出来なかった。



***



「親父、お袋、せり。もう気付いてるかも知んねぇけど……俺と結葉ゆいは、ちょっと前から付き合ってっから」


夕飯の席で、皆が着席するなりそうが言って、 結葉も彼の横で頬を染めて小さく首肯しゅこうした。



結葉が偉央いおと離婚して半年余り。

夜、想と二人で『みしょう動物病院』付近までドライブに行って、三週間ちょっとが経っていた。



「えっ⁉︎ ホントにっ⁉︎ 二人ともずっとやり取りに変化がなかったし、あたし、てっきりお兄ちゃんと結葉ちゃん、幼馴染みのまんまズルズル行くのかなぁ?とか意気消沈だったのよ⁉︎」


途端、芹が二人の方へ身を乗り出すようにして興奮気味、どこか悲鳴に似た声でまくし立てて、公宣きみのぶと純子もうんうん、とうなずく。

結婚相手を間違えました

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