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気をきかせた橋本を尻目に、強面の男が胸の中をからっぽにするぐらいの大きなため息をついてから、ふたたび話を続ける。
「おおありだぞ。今夜、昇さんの店がガサ入れされる。警察内部の信用できるヤツからの情報だから、まず間違いない」
(この男、警察にいる人間を金で何とかしてるってところか――こういうのが横行してるから、悪徳業者が捕まらないんだ)
「うわぁ……それって全店舗かな。もしかして風営法違反で、一斉摘発しちゃう系? オーナーの俺の目を誤魔化して、違反しながら店を経営できる秀才がいないわけでもないんだけどね」
「秀才ねぇ、そりゃ面倒くさいことになりそうだな。ご愁傷様です」
「ということは文章でやり取りが残る、アプリのメッセは使えないね。裏連絡網で、店長たちに連絡するしかないのか」
他にもブツブツ文句を言いながら電話をかける藤田を気遣い、右車線に入って環状線から一旦抜ける。閑静な住宅地の中のほうが、外の雑音を気にせずに話せるだろう。
「なぁ橋本さん、下の名前は何て言うんだ?」
「陽と言います。太陽の陽という漢字を使ってるんです」
適度な数の一時停止の他にも、自転車や歩行者、突然飛び出してくるかもしれない小さな子どもなど、注意をしながら走行しているところに話しかけられ、何の気なしに答えた。
「俺は笹川昴。名字名前両方にSが付いてる、生まれつきのドSなんだ」
(ここで宮本と逆な人間と知り合えるなんて、すげぇ面白い。この話をしたらアイツのことだ、泣いて悦びそうだな)
「それはさぞかし、ご職業に都合がよろしい感じですね」
「まぁな。特技は相手の弱いトコを的確に見極められることと、顔を見ただけでソイツがどんなモノを」
「昴さん、それ以上の自己紹介はストップだよ」
通話を終えた藤田が、突如会話に割り込んできた。
「何でだよ。俺の特技を、橋本さんに披露しようと思ったのになぁ」
「その自己紹介のせいで、みんながドン引きしてるってことがわからないの? 相手の顔見ただけで、どーしてナニの大きさがわかるんだって言うんだ。しかもそれが当たっちゃうから、友達ができないんだよ」
「ナニの大きさと、心の広さは同じじゃねぇよ。むしろ、逆だったりして。なぁ?」
「ハハハッ、どうなんでしょうねぇ……」
左肩をバシバシ叩かれながら投げつけられた質問に、橋本は思いっきり動揺して答えた。
(こういう話題は嫌いじゃないけど、顔を見られたらアウトな気がする。ナニの大きさを当てられてたまるかよ!)
「だけどこうして偶然、顔を突き合わせたメンツが揃って漢字一文字の名前で、しかも大空に関係のあるものっていうのは、同じくらいの年代だからかぁ?」
藤田のツッコミを無視して、話題を名前に戻したことに違和感があったが、都合の悪くなった笹川が無理やり話を逸らすためにやったことだろうと勝手に解釈した。
「確かに同じ年代だけど、俺の親はそっちの世界の人間じゃないからね。ひとまとめにしないで」
「へぇ、やっぱりなぁ」
感嘆の声を上げた笹川に、藤田が「やべっ!」と短いセリフを告げるなり口をつぐむ。
「昇さんは自分に関係する対人に関して、しっかり下調べをしてから付き合うだろ。それって、橋本さんの身の上も知ってるってことだよなぁ」
意味深に肩を叩かれたが、運転中なので振り返ることなく、橋本はちょっとだけ小首を傾げて反論してみる。
「運転手の俺のことなんて、面白いものは何もないですよ」
「俺としては、橋本さんの名字に興味が湧いたんだって。橋本なんてありふれた名字はたくさんあるが、同じ年代で名前が一文字だと、この世界ではかなり絞られてくる」
「見ての通り、俺はただの運転手です」
バレると厄介な素性ゆえに、追い詰められた気分になる。ハンドルを握りしめる白手袋が、汗でしっとりと湿ってきた。しかしながらどんなに焦ってもプロだからこそ、運転に乱れが出ないように細心の注意を払う。
そんな橋本の耳元に、笹川はわざわざ顔を寄せて言葉を繋げた。
「子どもの頃、親父に聞かれたことがあるんだ。『自分の親が、60過ぎてたらどうだ?』ってな」
「昴さんってばマジでドS! 橋本さんのことがわかっていて、カマをかけるのは、どうかと思うよ。つぅか60過ぎても現役ってことが、俺としては羨ましいけどね」
「某所で綺麗なマグロと言われる昇さんには、無理な話だろうなぁ」
後部座席でふたりは笑い声をあげていたが、橋本は同じように笑うことができなかった。誤魔化すセリフすら思い浮かばず、悶々としながらハンドルを握りしめる。
「そんで橋本さんは家業を継がずに、こうしてハイヤーの運ちゃんをしているわけだけど、親父さんはそれで納得しているのか?」