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M_Yuzu
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目を覚まして最初に目に入ったのは、腕の中で背を向けて眠る、阿部の後頭部だった。
特段珍しくはない、見慣れたいつもの丸いシルエット。
愛おしいその形に目を細め、岩本は髪に顔を埋めた。
投げ出された手を探して、そっと握る。指先をなぞれば、阿部の体温をじんわりと感じる。岩本は、抱きしめる腕に少し力を込めた。
視線をベッドの外に向けると、積み上げられた段ボールが目に入った。
昨日、ほぼ一日掛けて運び込まれた、二人分の荷物の一部だ。
今日は荷解きを、本格的にやらなくてはいけない。
二人で。
そう。今日からこの部屋が阿部の家でもある。もう彼は『帰る』必要がない。
いい部屋を契約できたな、と岩本は思った。
何軒かの内見の後、新居に選んだのは最初に内見した部屋だった。
新築だったし、広かったのも大きいが、最終的な決め手になったのは、阿部の『みんなが気兼ねなく来られそう』という一言だった。
岩本としては、あまり来られても困るのだが、まあ、たまになら良いかなと、阿部の気持ちを受け入れた。
リビングの大きな窓から見る、朝の風景はどんなだろう、とぼんやり考える。内見の日にも景色を見たが、今日はまるで違って見える気がした。
「ん…」
阿部が小さく息を吐き、身じろぎした。
そして少しして、のろのろと身を起こす。ゆっくりと岩本を振り返った。
「おはよ」
岩本は横になったまま声をかける。阿部は返事の代わりに、寄りかかるようにして岩本にしがみついた。
「…朝からご機嫌だね」
にこにこして見つめてくる岩本に、阿部は微笑む。
「これから毎朝、こんな感じなんだって思ったらさ。嬉しくて」
岩本は照れる様子もなく、素直に言った。阿部は、はにかむような笑みを浮かべて、彼の胸に頬を擦り寄せた。
二人はしばらく黙ったまま抱き合った。
幸福な沈黙を破ったのは、阿部の腹の音だった。
空腹を知らせる長い音に、2人はふっと笑う。
「お腹空いた」
「食べに行こう」
言いながら2人はベッドを降りる。
大型家具だけ配置された、荷物だらけのリビングは、まだカーテンすら掛かってなくて、朝の光がリビングいっぱいに流れこみ、驚くほど明るかった。
「窓大きいから、明るいね」
阿部が、『服(阿部)』と書かれた箱を漁りながら言う。そうだね、と答えながら、岩本も自分の服が入っている段ボールを開けた。
「シャワー浴びていい?」
服を脇に抱えて阿部が聞いた。
「あぁ、いいよ」
顔を上げて阿部と目が合うと、彼は小首を傾げた。
「一緒にどう?」
「…効率重視か?」
岩本が聞き返すと、阿部はふふ、と笑う。
「そうだよ。先行ってる」
そう言うと彼はバスルームへ消えた。
岩本は服を引っ張り出しながら、初めてちゃんと肌を重ねた夜にもこんな話をしたな、と思い返して表情を緩めた。
シャワーを浴びて、身支度を整えると、彼らは財布とスマホだけ持って家を出た。
行き先は、シャワーの間に相談して決めた、駅へ向かう途中にある、小さなベーカリーカフェだ。
「…高層階だと、エレベーター待ちが長いな」
エレベーターの扉を見つめて、阿部が呟いた。
「全戸入居したら、時間帯によってはかなり待ちそう」
確かに、と岩本は返す。
「ラッシュの時間に出る時は、ちょっと早めに動かないとだな」
エレベーターが到着して、銀色の箱に乗り込む。1階のボタンを押して、扉が閉まるのを待った。
「まあ、でも階段もあるしな」
エレベーターが動き出すと、岩本がぽつりと言った。阿部は驚いて彼を見る。
「正気?」
何階だと思ってんの、と呆れて言った。
「良い運動になると思うけど」
「いやいや、膝が死ぬ。その後、仕事にならんて」
「降りるだけじゃん」
「降りる方が膝にくるんだって」
そんな話をしているうちに、エレベーターは1階に到着した。
エントランスを出ると、爽やかな朝の空気が2人を包んだ。
駅に急ぐ通勤者や愛犬を散歩させる夫婦、軽快に駆け抜けていくランナーと一緒に、朝日の差す道を歩き出す。
「いい天気」
目を細め阿部が言う。少し浮かれたような足取りで歩く阿部の隣を、岩本は微笑みながら歩いた。
駅前のベーカリーカフェからは、香ばしい焼きたてのパンの匂いが漂っていた。
レンガ調の壁がおしゃれなブルックリンスタイルの店内では、テイクアウト用のカウンターに朝の客が列を作っていた。
阿部と岩本は、カフェスペース利用者用のカウンターで、ショーケースの中のパンを選ぶ。
阿部は、オリーブのフォカッチャとパンオショコラ、それにアイスカフェラテ。岩本はフランスパンのホットドッグにシナモンロール、アイスティーを注文する。
窓際の席に座って、二人はパンに齧り付いた。
「今日どこから片付ける?」
カフェラテを一口飲んで、阿部が切り出した。
「まずはカーテン探して掛けよう。陽当たりいいけど眩しすぎるし。で、リビング整えて、服片付けて…」
「…終わる?」
段ボールだらけの部屋を思い、阿部は少し途方に暮れる。
「終わらせんだよ。気合いで」
岩本は、シナモンロールを半分に割りながら言い切った。
「根性論かよ」
阿部は苦笑する。
「いや、根性論も馬鹿にできないからな?」
そんな阿部に岩本は、指を突きつけて言った。
「…まあ、そういう気持ちで取り掛かるのは、大事かもね」
「そうそう。なんでもね、気持ちは大事」
シナモンロールの最後の一口を頬張る。そんな時、テーブルに置いた岩本のスマホが震えた。
メンバーのグループラインが、動き出した合図だった。
「…引越し祝いのパーティーいつする、ってさ」
岩本が笑いながら言う。阿部も自分のスマホを見て、気が早いなあ、と笑った。
グループラインでは、家主の2人そっちのけで、パーティープランについての相談が飛び交っている。
タコパ派と鍋派に分かれて議論が白熱しだした。
『どっちもやればいいじゃん』
阿部がメッセージを送る。
『どっちもやっていいの!?』
『あべちゃん太っ腹!』
どっちも、と言われてメンバーが湧き立つ。
その内、たこ焼き担当と鍋担当が、決まったようだった。そこからは、たこ焼きの具は何がいいとか、何鍋にするのか、とかの話が始まる。
『キッチン使って良ければ、なんか作るけどどう?』
宮舘の提案に、再びメンバーが盛り上がる。
当の家主二人は、すっかり蚊帳の外だった。
パーティーが待ちきれない様子のメンバーに、岩本は苦笑する。
『呼べる状況になったら、ちゃんと招待するから』
メッセージを送って、スマホをテーブルに置いた。
「早く招待しないと、押しかけてきそうだな」
「…ねえ、片付けるの手伝おうか、だって」
阿部がLINEの画面を見せながら言う。
岩本は自分のスマホから、『来るな』と一言送った。
アイスティーを飲み干して一息つく。
「じゃ、戻って片付けるか」
「そうだね」
「早く部屋を整えて、阿部とゆっくり過ごしたい」
岩本の言葉に『同感』と阿部は返した。
昨日は荷物の搬入を見守って、寝室と浴室を使えるようにしただけですっかり疲れてしまい、2人して泥のように眠ったのだ。ゆっくり甘い時間を過ごすためにも、今日は頑張らなくてはいけない。
2人は席を立ち、店を出た。
石畳の道を戻る途中、散歩する老夫婦とすれ違った。
目が合うと婦人の方が、阿部に微笑んで会釈をして通り過ぎる。阿部も軽く頭を下げ、2人を見送った。夫婦の空気感に阿部は、自分達もあんな風に、年を重ねても穏やかにいられたらいいな、と思った。
隣を歩く岩本を見る。
「ん?どした?」
岩本は微笑んで尋ねた。
「ううん。なんでもない」
阿部は答えて、少し岩本に身を寄せる。岩本はそんな阿部の手をさり気無く握った。
手が重なると、胸の奥がほのかに温かくなる。
しみじみと阿部は、幸せだなと感じた。
そして同じように、岩本も幸せだと思ってくれていたらいいな、とそう願った。
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これぞ純愛…!︎🫶✨️幸せのお裾分け、ありがとうございます。いい夢が見られそうです🐑💤