「そしたら僕は、これからどうしたら…?」
「普段通り生活してくれ。律が元に戻るまで時間がかかる分を全部誤魔化せ。近しい人間にもこのことは絶対言うな。聞かれても全部普段通りの自分を演じて誤魔化せ。幸い最近の律は精神的におかしかったから、詩音のことをまだ引きずっていて、辛くて誰にも会いたくないって言ってると、そう言えばいい。絶対に上手くやってくれ。律のために。彼女はこの事件を大事(おおごと)にすることは望んでない」
「…」
「絶対に上手くやってくれ。律は俺が見ておくから。それより今日のラジオ、休んだのか?」
「あ…はい。律の体調が悪いからと言って、休みの許可をもらいました」
「撤回してラジオ収録に行ってくれ」
「えっ…でも…」
「事件直後に生放送のラジオに出るなんて、普通の神経ではできないし、アリバイもできる。堂々と明るく行ってくれ。その時、律のことは知り合いの病院で診てもらうことになったとでも言えばいい」
「は…はい……」
「そんな青ざめた顔でどうする! しっかりしろよ、男だろ! 腹括れ!!」
今にも泣き出しそうな旦那を怒鳴りつけた。
「律のためにやってくれ。様子は逐一連絡する。彼女が落ち着いたら、迎えに来てやってくれ」
「あ、あのでも…僕……新藤さんに律を託そうと思って…それで、あの……」
「こんなことになって、俺らがまだ恋人関係を続けられると思う?」
旦那は言葉を失ったようで、それ以上なにも言わなかった。
「こうなった以上は俺が責任を取る。本来ならしっかり話し合って向き合わなきゃいけない所を俺がさせなかった。律をそそのかしたのも、自分勝手なことをしたのも全部俺だから彼女を責めないで欲しい。律が一番傷ついている時に手を出したのも俺や」
ぐっと拳を握った。
「正直に言うと、俺は…初めてふたりが大栄の展示場に来た時、彼女に一目ぼれした。更に白斗であった俺を十年もファンレターを書いて支えてくれた吉井律だと気づいて、運命だと思った。でも、もう既に家庭がある女性に想いを伝えるべきじゃなかった。俺は律を愛しているけど、こんな風に傷つけるつもりじゃなかった。彼女の負担になるような俺の気持ちはもう捨てる。きちんと清算して律とは別れる。偉そうなこと言ってこんな事件起こさせてしまって…」
俺はサングラスを取って旦那の前に膝を折り、頭を床に擦りつけた。「本当に、申しわけありませんでした!」
「ちょっと、あの…やめて下さい。僕は……」
土下座して床に額を付ける俺を旦那が起こそうと腕に手をかけてくれた。
「僕が不甲斐ないばかりに律を傷つけてしまいました。ずっと自信が持てなくて。いつも白斗と比べて見劣りする自分が嫌で……律のことも誰よりも愛していたはずなのに…今、後悔しかありません」
「まだやり直せる。俺がいなかったら、ふたりはもう一度リスタートが切れる」
「…これからのことは考えます。でも、僕の気持ちはさっき渡した封筒に収めてあります。律が目覚めたら渡してもらえますか。それより新藤さん、顔上げて下さい。土下座なんかされても困ります」
旦那が俺を立たせてくれた。
「あなたが言う通り、ラジオに行ってきます。彼女のこと、どうかよろしくお願いします」
覚悟を決めた目をしていた。彼は俺に頭を下げてこの場を去っていった。
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