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「おっはようダーリン。今日もいい一日にしようねっ」
茶渡《さど》みどりの一日は、一緒のベッドで眠る夫のダーリンに明るく挨拶することで始まる。
みどりの朝は早い。六時には起きてすぐさまウォーキングに行く。
みどりはかつて、証券会社に勤める会社員だった。しかし、三十路を前にして、自分が人生で一番したいことはなにかと。悩みぬいて考えた結果が、フィットネスだった。
ちょうどダーリンと結婚の話が出ていてNYに行くタイミングだった。
新生活。誰も周りに知っているひとがいない環境。通じない英語。
ある意味、みどりは、鍛えられた。ただ、ダーリンの帰りを待っているだけの主婦ではない。なにか始めようと、NYに渡ったその日からユーチューブでの投稿を始めた。
アメリカで一年を過ごし、周りに知り合いや友達を作ったのちに、結果、フィットネスに繋がる道を究めたい、との思いで、単身インドに渡りヨガを学び。それからNYに戻って栄養やフィットネスについて学んだ。
動画を公開しても最初は数名程度しか見てくれず。寂しい思いもしていたみどりだったが。……どんなときでも、みどりは明るく元気にフィットネスをした。自分で考案したポーズや、初心者でもしやすい瞑想やヨガの動画をまとめ、三日に一回は投稿をした。
そんな努力が実を結び、徐々に、日本での視聴者が増えて行った。
更に。ダンス動画がバズった。十五分間音楽に合わせて踊り続けるだけの動画、それがヒットして、百万回以上の再生を記録した。
あれよあれよというまに環境が変わっていった。企業からの色々なオファーが舞い込み、そのうち、安定した収入を得られるようになった。
視聴者も一気に増えて。……一介の無名人だったはずが、日本では知られた存在となっていった。
ユーチューブ進出に対して、母親というよりもみどりの父親が難色を示したのだったが、そこは広岡才我が説得してくれた。どれだけみどりが熱い注目を集めているのか。健康寿命を延ばすことがいまや日本の社会人の常識であり、その手助けをしたいという強い意志があるということ。更には、ユーチューバーは不安定な仕事などではなく、みどりのクラスであれば、タイアップする企業が三十を超えるということ。……まで説明してくれた。
お陰で日本に帰国しても、両親ともわだかまりがなく接することが出来、叔父の広岡才我には深く感謝をしている。
そんな彼の役に立ててよかった……とみどりは思う。
いつも通り、近所へのウォーキングを終え、それからフィットネス用の衣装に着替え、カメラをセットし、カメラを回す。
きらきらした笑顔を見せるみどりは、笑顔の大切さをよくよく分かっている。ダーリンにあるとき言われたのだ。
自分の方向性を見失っていたときに、ダーリンは、
『みどりはそうやってにこにこ踊ってるのがいいよ。見ているとハッピーになれる』
そんなダーリンはいまや宅トレの救世主。みどりのダンスやフィットネス動画のディレクションを行い、チームを率いている。二人三脚ならぬ、他のスタッフもいれると関わっている人間は二十名を超える。
お陰でみどりは簡単に太ることなど出来ないし、食事制限をすることもある。……が、それもまた人生の醍醐味であろう。
画面の向こうの視聴者に向かってみどりは笑いかける。――今日もお疲れ様です。それでは、さどみどのダンス動画を始めます。
みどりは、動画を途中で止めず、極力ワンテイクで撮ることを意識している。振付を間違えたら最初からやり直しだ。そして動画は止めない。
ある種、視聴者の側にも臨場感を持って頂きたいし、リアルに十五分一緒に頑張っていることを実感して欲しいのだ。画面の向こうにいる自分を友達だと思って欲しい、とみどりは本気で思っている。
宅トレを当たり前の世界に。育児や家事があると、なかなかジムに行くことが出来ない女性は多い。そんな女性たちの健康、美容という需要に応え、先ずはフィットネスをすることから。からだを動かして運を動かす。毎日運動をすることが当たり前の世の中にするために、日々、みどりは奮闘している。
終わったときには汗だくだ。三回動画を取り直した。シャワーを浴びたらそこからは動画編集だ。動画編集は今日日、外注も出来るのだが……ユーチューバー向けに、編集を代行してくれる業者がいまや一般的である――しかしながらみどりは、自分でテロップの文言も打つし、自分でソフトを使って編集するのを主義としている。
なんでも自分でやらないと気が済まない性格なのだ。
『今日のあなたも素敵だよ』
微笑みながらみどりは文言を打ち込む。この一言一言が、ひとりひとりに届くことを願いながら。
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