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#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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最寄り駅まで移動し、そこから10分ほど歩いた。いや、歩いたというより、風に背中を押されながら必死に進んだ。
マンションのオートロックを抜け、部屋に着く頃には、二人ともすっかりびしょ濡れになっていた。
「すみません、狭いですけど……」
「お邪魔します」
玄関の鍵を開けると、小森は遠慮がちに中を覗き込んだ。
ワンルームに近い1K。仕事帰りに突然人を、しかも彼女を呼ぶ予定なんて想定していなかったが、部屋は幸いにも散らかっていない。
(いつか、家デートすることになったら恥ずかしいから、日頃から片付けていたなんて、口が裂けても言えるわけがない……)
彼女は一歩部屋に入ると、少し意外そうな顔をした。
「部屋、すごく綺麗ですね」
「まあ、物が少ないだけっす。紙の漫画はほとんど処分して、電子書籍に移行したんで」
「もっとこう、いろいろ物が置いてあるのかと思ってました」
「俺にどんなイメージ持ってるんすか」
「うーん、人気者っぽい部屋?」
「それ、具体的に部屋のどこに反映されるんすか」
小森さんが、くすくすと笑う。
そのいつもの笑顔を見て、少しだけ空気が解けた。
――けれど、すぐに別のことに気づいた。
密室に、二人きり。濡れた服。彼女のカットソーが雨で肌に張りつき、女の子らしい身体のラインを拾ってしまっている。見るな。見たら死ぬ。今の俺は、ただの善良な都民だ。やましいことは何もない。何もないはずだ。
「と、とりあえず、タオル持ってきます! 風邪ひくんで!」
「あ、ありがとうございます」
逃げるように洗面所へ向かい、バスタオルを持って戻る。
すると、小森がテレビ台の前で足を止めているのが見えた。
「あ……」
しまっておくのを忘れていた。彼女の手には、一枚の写真立てがあった。そこに写っているのは、実家で飼っている白猫――ぽちゃまるのドアップ写真。
「ぽちゃまるちゃん……ふふ、かわいいですね」
実は、仕事で疲れて帰ってきた夜、この写真に向かって話しかけることがある。
『ぽちゃ〜。今日も上司に理不尽に怒られた。癒してくれ〜』
……みたいなことを。
(頼むから、その痛すぎる記憶を今ここで再生するな。終了しろ)
「王子谷さん、ぽちゃまるちゃんのこと、本当に好きなんですね」
「……まあ、癒やしではあります」
「かわいいですね」
「ぽちゃまるが、ですよね?」
小森は、答えずに笑った。やめてほしい。今は、そういう不意打ちに耐えられる精神状態じゃない。
「と、とりあえず、これ使ってください!」
俺は小森さんの手から写真立てを受け取ると、そっと伏せた。
「ありがとうございます」
彼女がタオルを受け取る。濡れた髪を拭く仕草が、ワンルームの狭さのせいか妙に近くて、視線の置き場に困る。
クローゼットを開けた。
「あと、これ、着替え……」
あるものといえばTシャツとスウェットくらいだ。
「服、よければこれ」
「ありがとうございます」
「洗面所、使ってください」
「はい」
床に視線を落とした。玄関から部屋にかけて、ところどころ雨水で濡れている。
「今のうちに床、拭いときますね。結構濡れてるんで」
「あ、私も手伝います」
「大丈夫っすよ。滑ったら危な――」
そう言った直後だった。小森一歩踏み出す。濡れた床に、足元が滑った。
「きゃ……!」
「っ、危な――」
身体が反射的に動いていた。床に倒れ込みそうになった彼女の身体を、両腕で抱き寄せる。けれど、勢いがつきすぎて、俺までバランスを崩した。
ドンッ!!
鈍い音が響いた。
痛っ。膝が、思いきり床にぶつかった。
でも、彼女は無事だ。それだけ確認して、ほっと息を吐こうとした瞬間。
気づいた。
今、俺は――フローリングの上で、彼女を倒すような体勢になっていた。
「…………」
「…………」
近い。距離があまりにも、近い。
雨で濡れた髪。ほんのり赤い頬。至近距離で目が合って、息が止まりそうだった。
コメント
1件
うわああああ第243話もエモすぎた!!😭💕 台風の夜の急な家デート、濡れた服で二人きりって時点で反則なのに、まさかの床ドン展開キタ━━(゚∀゚)━━!! しかも王子谷くんめっちゃ誠実で「見たら死ぬ」って心の中で叫んでるの可愛すぎるでしょ!ぽちゃまる写真に癒やされてるのバレて照れるシーンも尊いし、最後の至近距離で見つめ合うとこで息止まったんだけど…もう続き気になりすぎて今夜眠れない!! 次話も楽しみにしてますっ🌸