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入学式の翌日、早朝。
寮の廊下はまだ薄暗く、空気も少しひんやりとしていた。仁人は、寝ぐせのまま食堂へ向かう途中、背後から声をかけられた。
「おーい、仁人!」
「……勇斗?」
振り返ると、制服のネクタイをすでにきっちり締めた佐野勇斗が、軽く手を振ってこちらへ近づいてきた。
「今日の朝メシ、パンと味噌汁だって。どんなセンスだよな」
「和洋折衷ってことなんじゃない?」
「ははっ。……で、クラスはどう?」
「うーん……にぎやかな人が多い感じ。中でも、一人だけ、すごく……明るい子がいて」
「へぇ? どんなやつ?」
仁人は少し迷った末に、答える。
「塩﨑太智くんって言うんだけど、関西弁で。なんか、懐かしい感じがする人。……子供の頃、夏に遊んでた子に、ちょっと似てる」
「……だいちゃん?」
仁人は、ぴくりと肩を動かした。
「……うん。たぶん、本人。でも彼、僕のこと……“じんちゃん”だって気づいてなかった」
「そっか。……じんちゃんっあだ名だけ聞いたら、そりゃ女の子と間違えるかもな、昔の仁人なら」
勇斗は笑ってみせるが、その目は仁人の心の揺れを見逃していない。
「でも、それって……もう思い出にしたほうがよくない?」
「……」
仁人は、パンを一口かじっただけで黙り込んだ。
勇斗は中学からの友人で、気遣いができて、頭が良くて、見た目も良くて──先生からも生徒からも信頼されている。そんな彼が今、少しだけ冷たい声でそう言ったことに、仁人は少し驚いた。
(勇斗……もしかして)
だが、その違和感を飲み込んで、仁人は首を横に振る。
「まだ、わからない。けど、少しだけ……知りたいな。太智くんのこと」
「……そっか」
勇斗はそれ以上何も言わず、仁人の手からトレイを取り上げて、食堂の奥へと歩いていった。
──そしてその日の夜、仁人はさらに予想外の出来事に出くわす。
「よっしゃー! 寮部屋、いっしょのやつ誰や~?」
廊下に張り出された「部屋割りリスト」を確認する太智の声が、やたら響いている。
「えーっと、うちがぁ……D棟205? で、相部屋のやつは……」
仁人も、自分の部屋番号を確認するためにリストに目を走らせた。
『D棟205 吉田仁人・塩﨑太智』
──時が、止まった気がした。
「……まさか」
「おおっ! 仁人!? うちら、ルームメイトか! うわ、めっちゃ運命感じるんやけど!!」
「う、うん……びっくりした」
仁人は、反射的に笑っていた。でも、胸の鼓動は速くなるばかりで、指先が少し震えていた。
(同じ部屋……ってことは、毎日顔を合わせるんだ)
「ええなあ、仁人って静かやし、気ぃ使わんでええタイプっぽいし。これからよろしくな、ルームメイト!」
太智は、心から無邪気な顔で笑った。
その顔は、昔の“だいちゃん”の面影をそのまま残していた。
だけど、その笑顔は──“じんちゃん”を思い出している笑顔ではなかった。