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ライブのハプニングで見えた本音
ステージの上、熱気に包まれた空間。
降り注ぐスポットライト、体に響く低音、歓声が混ざり合う音の波。
俺はそのすべてを浴びながら、夢中で踊っていた。
ステージに立つたびに思う——ここが俺の居場所だって。
ファンの声援が、音楽が、パフォーマンスが、一つになった瞬間、胸が熱くなる。
もっと、この瞬間を最高のものにしたい。
もっと、もっと、全力で魅せたい——。
そんな思いが、俺の動きを加速させた。
——だけど、その気持ちが少し強すぎたのかもしれない。
サビ前のターン。
流れるような振りで、勢いよく体をひねる。
いつもならスムーズに回り、次のステップへ繋がるはずだった。
——だけど。
(……やばっ!)
一瞬、足元が滑る感覚があった。
ステージの照明の熱か、それとも自分の汗なのか。
原因は分からない。ただ、足の裏が想定よりもわずかにズレた。
そのズレが、小さなミスを引き起こし、バランスを崩す。
(倒れる……!)
そう思った瞬間だった。
——ぐいっ
強い力が俺の腕を掴んだ。
咄嗟のことに、驚く暇もなかった。
一瞬で引き戻される。
足元が安定し、体勢が整う。
それと同時に、次のステップへと誘導するような動き。
まるで、最初からこういう振り付けだったかのように自然だった。
ふみくんだった。
視界の端に、彼の手が見えた。
俺の腕をしっかりと掴み、次の動きへと繋げながら、そのまま何事もなかったようにパフォーマンスを続ける。
ファンには絶対に気づかれないように——。
(……え?)
何が起きたのか、頭では理解しているはずなのに、胸の奥がざわつく。
ふみくんの手。
それは、一瞬だけ俺を支えたけど、その瞬間、確かに「強く」握られた。
ただの事故を防ぐための動作じゃない。
「ちゃんと支えよう」という意志が、そこにあった。
(……もしかして、俺のこと気にしてくれてる?)
最近、ふみくんが俺を避けている気がしていた。
楽屋で視線が合いそうになると、そっと逸らされることが増えたし、話しかけても前みたいな軽い冗談はほとんど返ってこない。
リハーサルでも、以前のように自然な会話が減った気がする。
だから、俺はずっと不安だった。
俺はもう、ふみくんにとって「どうでもいい存在」になったのかもしれない。
ただの後輩。
ただのグループの仲間。
でも——。
この手の感触は、俺のことを気にしていない人間のものじゃなかった。
俺が倒れそうになった、その一瞬の間に、ふみくんはすぐに俺を支えてくれた。
何も考える間もなく、迷いなく。
それが、答えのような気がした。
***
ライブが終わり、ステージ袖へ戻る。
熱気がまだ残る空気の中、俺はようやく深く息を吐いた。
そして、その瞬間——。
「お前」
背後から、低い声がした。
振り向くより早く、肩を掴まれる。
強くもなく、弱くもなく、けれどはっきりとした力で。
ふみくんだった。
汗が頬を伝い、息がまだ少し乱れている。
でも、その瞳は真っ直ぐに俺を捉えていた。
「お前、無茶するなよ」
低い声。少しだけ強い口調。
(怒ってる……?)
一瞬そう思ったけど、違う。
その声には、明らかに「心配」の色が滲んでいた。
ライブ中に何かあれば、それはパフォーマンス全体に影響する。
だから、メンバー同士で支え合うのは当然のことだ。
でも、それだけじゃない——そんな気がした。
「……ごめん」
俺は素直に謝った。
ふみくんは、小さくため息をついた。
それから、俺の肩をポン、と軽く叩いた。
それだけ。
それだけなのに、俺の胸はぎゅっと締めつけられるように痛くなって——でも、同時に少しだけ温かくなった。
ずっと避けられていると思っていたけど、そうじゃなかったのかもしれない。
ふみくんは、ちゃんと俺のことを見てくれていた。
俺が少し無茶をしたら、ちゃんと支えてくれる人だった。