テラーノベル
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よし。
いよいよ、当日の朝。
朝の空気は、少しだけ冷たい。
らんは制服の袖を引っぱりながら、玄関の前に立っている。
ちゃんと着てる。
それだけで、もうすごい。
心臓は、うるさいけど。
「……変じゃない?」
「普通」
いるまの即答。
「ネクタイ曲がってる」
「え」
「嘘」
「やめてよ」
少し笑う。
その笑いが、緊張を少しだけ薄くする。
ドアを開ける。
外の空気が、今日はいちばん重く感じる。
“家の前に出る”のとは違う。
今日は目的地がある。
学校。
その単語だけで、胃の奥がぎゅっとする。
歩き出す。
角を曲がる。
前に来た場所。
その先へ。
らんの足が、ほんの少し遅くなる。
いるまは歩幅を合わせる。
急かさない。
止めない。
学校が見えてくる。
白い校舎。
朝のざわざわした声。
遠くで笑い声。
らんの呼吸が浅くなる。
「……いるま」
「いる」
三歩分の距離。
その声だけで、倒れない。
校門の前。
そこが今日のゴール。
らんの足が止まる。
視界の端が少し揺れる。
過去の教室。
視線。
ざわざわした音。
記憶が一瞬だけ、強くなる。
「っ……」
肩が震える。
いるまは隣に立ったまま言う。
「今は、今だ」
短い言葉。
でもはっきり。
「教室入れとは言ってない」
らんの呼吸が少し戻る。
「保健室だけ」
「うん……」
「無理なら帰る」
逃げ道を、ちゃんと置く。
らんは校門を見る。
越えたら、“来た”になる。
越えなかったら、“まだ”。
数秒。
長い沈黙。
そして。
一歩。
校門のラインを、ゆっくり越える。
「……入った」
声が震える。
でも、立っている。
倒れてない。
逃げてない。
いるまが静かに言う。
「見てた」
らんが小さく笑う。
泣きそうな顔で。
「ここまで」
いるまはそれ以上入らない。
約束通り。
らんは振り返る。
「行けそう?」
問いじゃない。確認。
らんは深呼吸する。
怖い。
でも。
「……保健室、だけ」
自分で言う。
それが答え。
「終わったら連絡」
「うん」
「無理でも連絡」
「うん」
短い会話。
でもぎゅっと詰まってる。
らんは一歩、また一歩。
校舎の方へ進む。
足は重い。
でも止まらない。
途中で一度だけ振り返る。
いるまはまだ校門の外にいる。
腕を組んで、ちゃんと立ってる。
逃げない位置。
支えられる距離。
らんは前を向く。
廊下の匂い。
少し懐かしい音。
心臓はまだ速い。
でも。
“逃げたい”だけじゃない。
“行ってみる”が、ちゃんとある。
保健室のドアの前。
ノックする手が震える。
コン、コン。
「どうぞ」
中から先生の声。
らんはドアノブを握る。
(今は、今)
いるまの声を思い出す。
ゆっくり、扉を開ける。
校門の外。
いるまは深く息を吐く。
自分の手も、少しだけ汗ばんでいる。
(行ったな)
守るだけじゃない。
歩くのは、あいつだ。
でも。
戻ってくる場所は、ここにある。
コメント
5件
なんですか!? この尊い作品は!? 誰かー!お墓持ってきてー!!
はぁぁ⤴︎ (いきすってます、けっこうよかったので…)