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「紡さんのご飯めっちゃ美味しいです。僕、紡さんの家に住み続けちゃおっかなあ」
「あはは、そんなこと言ってくれるの、ゆず君とあや君くらいだよ」
「兄ちゃん自分を卑下しすぎ。兄ちゃんのご飯美味しいって皆知ってるって!」
いつもの、日常に一人加わって、平穏な朝を迎える。
あのあと、コンビニから帰ってきたあや君は俺の部屋で何が行われていたかなんて知らないとでもいうようなかおをしていたから、一応はバレなかったんじゃないかなあ、なんてほっとしてる。でも、今日朝になって「昨日はお楽しみだったね。兄ちゃん」なんて言われたから、ああ、これはバレたな、と思った。
隠そうと思っていても、何処かでバレるものなのだと思った。でも、俺は、公言していないから、まだあや君がそうなんじゃないかっていう妄想に留まっているわけで。俺が、口を外さなければ……もしくは、ゆず君が何も言わなければ、このままずっと、あや君の妄想だけで済む話で。
「腰いた……」
「矢っ張り、大きなベッドの方が良いですよね。僕の家の方が大きいので、今度はそっちにしましょうね」
「ゆず君!」
思ったが矢先に、爆弾発言をするので、あや君が「おおっ」と感嘆の声を上げて、目を輝かせる。
やめて欲しい。
ゆず君は別にバレてもいいみたいな顔をしているし、あや君は興味津々だし。俺だけが、バレたくないと思っていたようだった。何か、除け者にされた気がして寂しかったけど、ゆず君もゆず君で隠す気がないのは、ちょっと、と思ってしまう。だって、彼は有名な俳優で。スキャンダルが一度も取られたことがない、プライベートシークレット男子で。
(はあ……)
心の中でため息をつきながら、俺は朝一番に起きて作ったアップルパイにフォークを突き立てた。少し、林檎が酸っぱい気がして、もう少し砂糖を加えても良かったかな、なんて反省する。
あや君はそれから、こそこそ話しているのだろうが、全然こそこそできていない質問を、ゆず君に投げて、ゆず君はまんざらでもない様子で応えていた。ちょこちょこ聞えてくる単語を耳で拾ってしまって、顔が熱くなる。
そんな、情事のことをゆず君はまあぺらぺらと話すものだから。彼には、羞恥心というものがないのだろうかと思ってしまう。
でも、ゆず君の言うとおり俺のベッドで大の大人二人が寝転ぶのは辛かった。スプリングが悲鳴を上げていたし、もし、壊れたとしたら、さすがに母さんに頼み込まないと、ベッドは買えない。別に、床で寝てもいいけれど、俺の部屋的に布団はあわないと思っている。修理代とか、撤去代とかもかかるし。
(まあ、それなりに頑丈に作られているだろうから、ちょっとやそっとでは壊れないだろうけど)
でもでも、ゆず君のあの激しい動きに合わせて、俺も結構身体を打ち付けてしまっているから、何度かしたら壊れてしまうのではないかという心配にも駆られる。
まあ、もし、次があるのなら、今度はゆず君の家のベッドでお願いしたい。ゆず君のベッドは俺の部屋のベッドよりも大きかったし、元々、二人で寝るようなのではないかというくらい大きかった。金持ちだなあ、ってそこからでも容易に想像がつく。実際、売れっ子だったし。
「兄ちゃん、柚さんと付合ってるの?」
「へ?」
話を聞いていなくて、いきなりあや君にそんなことを言われたものだから、どう対応すれば良いか分からなかった。
あや君は聞きたいと言った、きらっきらな目で俺を見てくる。その隣で、ゆず君は頬杖をつきながら、俺とあや君の様子を見守っていた。
(付合ってるって、その、恋人同士ってことだよね)
それ以外あり得ないとは分かっていたが、生憎俺とゆず君はそんな関係じゃない。だから、嘘をついて良いものなのか、あや君をガッカリさせたくないし……何ていう想いも出てきてしまって、俺は言葉が出なかった。そんな風に俺が、こたえられずに、あたふたしていれば、ゆず君が手助けするように、口を挟む。
「ん~残念ながら僕と紡さんはまだ付合ってないかなあ。『俺』が猛アタックしてるんですけど、靡いてくれないんですよね~ね? 紡さん」
「え、ああ……うん」
「ええ! 兄ちゃん、付合っちゃいなよ!」
と、あや君は机をバンバン叩いていった。
ゆず君を見れば、可愛らしくウィンクをして、星を飛ばしてくる。助けてもらったのは、ありがたい。けど、それが全部嘘だってこと、俺は気付いてしまって複雑だった。
(付合ってないし、猛アタックなんてされていない……前者は嘘じゃないけど、後者は……)
あや君はそれから、俺にこんな良物件いないとか、ゆず君に失礼なことを言いつつ、俺にゆず君との交際を押してきて、大変だった。その間、楽しそうに、もう僕は関係無いというような目で、俺とあや君を見ていたゆず君は、電話が鳴って、廊下へ出て行った。そうして、暫くして戻ってきたゆず君は仕事が入ったとのことで、家を出て行ってしまう。
「また、連絡しますね。紡さん」
なんて、チュッと、俺の頬にキスを落として、悪戯っ子のように舌をちろりと出して颯爽と帰ってしまった。
始めて、口ではないがキスされて、俺は魂が抜けるような感覚になり、あや君の声に何一つ返すことも、気づくことも出来なかった。