血と炎の匂いが、夜風に混じっていた。
幾百の戦場を駆け抜けた少女は、その日、自分が「不要」になったことを知った。
魔物の群れを率い、神々に抗うために育てられた兵士。
仲間と呼んでいた魔物たちの牙が、今は自分へと向けられている。
「お前は、もう役に立たない。」
その一言と共に、少女は地へ叩きつけられた。
折れた腕。裂けた唇。
それでも、奇跡のように――彼女の黒いローブだけは、完全には破けていなかった。
フードを深く被り、血の跡を隠しながら森を歩く。
夜明け前の霧。
月の光が差すその中で、彼女はもう、どちらの世界にも属していなかった。
「……誰も、信じられない。」
かすれた声が、木々の間に消えていく。
その時――
風が止まり、世界が静止したように感じた。
「こんなところで何をしている?」
低く、澄んだ声。
顔を上げると、月光に照らされた青年が立っていた。
長い黒髪が風に揺れ、瞳は深い蒼。
冷たくも、どこか懐かしい光を宿していた。
「……青龍……?」
その名を呟いた瞬間、意識が遠のく。
彼の腕がそっと彼女を抱き留めた。
「無茶をしたものだ。だが――お前を捨てた者たちには、天罰を与えねばなるまい。」
青龍の声が、眠りゆく彼女の耳に微かに届く。
やがて霧の中で、朱雀の炎、白虎の影、玄武の気配が次々と現れ――
運命の歯車が、静かに動き始めた。
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