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第4話 嫌そうだったので
銀翼の人型霊獣は、訓練場の前から早々に立ち去った。
大型霊獣と後方支援担当の職員が、いつからああいう関係なのか。全訓練が終わった後、仕事の外で何を聞くつもりなのか。
自分には関係のないことだ。
そう決めて中央回廊へ出たところで、向こうから来た二人の成人男性が、すれ違う前から速度を落とした。
視線が顔へ向く。身体を下り、翼の付け根で止まる。
聞こえない声で何かを言い合い、片方が笑った。
銀翼の霊獣の背で、羽根が硬くなる。
人型になってから、何度も向けられてきた目だった。美しいと言う者も、翼を広げてみろと言う者もいた。そのたびに断ってきたが、断る前に見られたものまで消えるわけではない。
その時、後方支援担当の職員が訓練場から出てきた。
二人の視線が銀翼へ滑るのを見て、職員の足が動きかける。
だが、一瞬だけ止まった。
自分が近づけば、また警戒させるかもしれない。転倒を防ぐためだったとはいえ、あの日、自分に触れられて怖かったのだと聞いている。
銀翼の霊獣は、その逡巡も見ていた。
職員が自分を恐れたようには見えなかった。近づく距離を測り、どこまでなら警戒させないかを考えている顔だった。
別の職員を呼ぶべきか。離れた場所から声だけ掛けるべきか。
迷っている間にも、二人は近づいてくる。銀翼の背の羽根は、さらに硬くなった。
職員は、身体が触れない距離を選んだ。
「こちら、通れます」
何でもない案内を装って銀翼の霊獣の横へ入り、二人の視線との間に立つ。翼にも肩にも触れず、一歩分の間隔を残していた。
二人はそのまま通り過ぎた。
銀翼の霊獣は、すぐには動けなかった。背の羽根を硬くしていた力が、少しずつ抜けていく。いつの間にか浅くなっていた呼吸も、ようやく戻った。
「今、俺を隠したか」
「……まあ、少し」
「なぜだ」
「嫌そうだったので」
「近づくのを迷ったな」
「俺が近づく方が嫌かもしれないと思ったので」
「それでも来た」
「今は、あの視線の方を嫌がっているように見えました」
あまりにも簡単な答えだった。
「……違わない」
「では、人の少ない東回廊を使いましょう」
職員はそれ以上理由を聞かず、進行方向を変えた。半歩前を歩きながらも、銀翼が隣へ戻れる距離を保っている。
東回廊へ入ったところで、その足が少しだけ緩んだ。
「それと、この前は、怖い思いをさせてすみません」
銀翼の霊獣が足を止める。
「支えたことを謝るのか」
「そこは謝りません。あの時は、転倒を防ぐために必要でした。別の意図もありません」
職員は、言葉を選ぶように一度だけ間を置いた。
「ただ、あなたが怖かったことは聞きました。そのことについてです」
「俺の勘違いだったとは言わないのか」
「怖かったことまで、勘違いにはならないでしょう」
銀翼の霊獣は、しばらく職員を見つめた。
「……怖かったことは、嘘ではない」
「はい」
「まだ、お前を全面的に信用したわけではない」
「分かりました。必要なら、別の職員を呼びます」
職員は不満そうな顔もせず、ただ実務的に答えた。
「……今は必要ない」
「では、このまま東回廊を通りますね」
銀翼の霊獣は、その隣を歩き出した。
大型霊獣は、自分から身体を見せ、職員の目に浮かぶ熱を楽しんでいた。
銀翼の霊獣は見られたくなかった。だから職員は、こちらを眺める代わりに、他者の視線から隠した。
同じ男が、相手によってまったく違う目をしている。
自分へ向けられているのは、大型霊獣へ向けた熱とはまったく違う、業務上の注意だけだった。
この職員は、本当に自分へ近づきたかったわけではなかったのだ。
それを知って、傷つく理由などない。
むしろ今は、少しだけ安心した。
自分に向けられているものが欲望ではないからこそ、その隣では翼から力を抜ける。
そんな相手は、人型になってから初めてだった。
あの職員を全面的に信用したわけではない。
ただ、周囲の視線が煩わしい時、あの男がどこにいるのかを、以前より少し気にするようになった。
理由は、安心できるからだ。
今は、それだけだった。
コメント
1件
うわあ……もう、じんわり来たよこれ……🥺 銀翼が「見られること」に慣れちゃってて、でもやっぱり嫌で、それを職員が「嫌そうだったから」って理由で守ったシーン、すごく好き。触れずに、距離を測って、それでもちゃんと隠してくれるの、優しすぎるよ。 「怖かったことは嘘ではない」って言いながら、それでも隣を歩き始める銀翼の一歩が、すごく重くて尊かった。安心できるから、って理由だけで誰かの存在を気にするようになるの、わかるなあ……。 Hp2さんの描く静かな信頼の積み方、本当にじんわり沁みます。泣く一歩手前のとこまで来たよ……😢
#多聞くん今どっち!?
低気圧
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