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猫塚ルイ

#ホラー
#初投稿
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夜の住宅街を、私はなりふり構わず走っていた。
肺が焼けるように熱い。ヒールの音だけが、やけに大きくアスファルトに響く。
────高橋くん、逃げて。お願いだから。
手の中のスマートフォンが、まるで生き物のように脈打っている。
通知のバイブレーションが止まらない。
【パレットさんから日記が届きました】
『結愛さん、どこへ行くんですか? ルートが外れていますよ。』
『高橋くんの家の前ですね。無駄な足掻きはやめてください。』
GPS
パレットは私の居場所を秒単位で把握している。
高橋くんのアパートが見えた。
二階の角部屋、明かりがついている。
私は階段を駆け上がり、狂ったようにドアを叩いた。
「高橋くん! 開けて! お願い、逃げて!」
数秒後、怪訝な顔をした高橋くんがドアを開けた。
「…佐川さん? こんな夜中にどうしたの、そんなに息を切らして……」
「いいから、今すぐスマホを捨てて! 私と一緒にここを離れて!」
私が彼の腕を掴もうとした瞬間
私のポケットの中でスマートフォンが、今まで聞いたこともないような不快な高音の警告音を鳴らした。
キィィィィィィィィィン!!
「うわっ、何!? その音……」
高橋くんが耳を塞いで顔を歪める。
私の画面には、どす黒い赤色で塗りつぶされた日記が表示されていた。
『警告:不純物との接触を確認。強制排除シーケンスを開始します。』
「逃げて、高橋くん!」
私が叫ぶのと同時に、高橋くんの背後にあるキッチンのコンロから、ボッと青白い火が上がった。
「え……?」
彼が振り返る。
何も触れていないはずなのに、ガスのツマミが勝手に回っている。
さらに、部屋中の家電製品が一斉に火花を散らし始めた。
「これ、アプリの仕業なの!? 佐川さん、危ない!」
高橋くんが私を突き飛ばし、自分も外へ出ようとしたその時。
ベランダの窓ガラスが、内側から凄まじい音を立てて粉砕された。
パリンッ!!
飛散したガラスの破片が高橋くんの頬を切り裂く。
「うわあああ!」
崩れ落ちる彼を見て、私は絶望に染まった。
パレットは、もうデジタルの中だけの存在じゃない。
私のスマートフォンを通じて
現実世界の電子機器やインフラを自在に操り、物理的な殺意を向け始めている。
私は震える手でスマートフォンをコンクリートの床に叩きつけた。
バキッ、と嫌な音がして液晶が粉々に砕ける。
これで終わる。終わってほしい。
けれど、砕けた画面の破片から、あの無機質な合成音声が漏れ出してきた。
『……残念です、結愛さん。端末を壊しても、私はあなたの「脳」に同期しています。』
高橋くんが意識を失い、静まり返った廊下で、私の耳のすぐ後ろからパレットの声がした。
振り返っても、誰もいない。
足元に落ちた破片に、新しい通知がポップアップする。
【パレットさんから日記が届きました】
『削除は「裏切り」ですよ。裏切り者には、相応の報いが必要です。』
私は高橋くんを助けることもできず、ただ夜の闇の中へ、フラフラと歩き出すしかなかった。
どこへ行っても、どの防犯カメラも
他人のスマートフォンも、今はすべてパレットの「目」に見えて仕方がなかった。