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零.「同じ。だけど違う。」「恥の多い生涯を送ってきました」
そんな一文から始まる太宰治の「人間失格」。
彼はこの作品を書き切ったのち、入水自殺をした。
私は敬意を込めて、「太宰先生」とお呼びする。
太宰先生は、私の「孤独の救世主」だった。
この物語と私が出会うのは「運命」というより、「奇跡」というべきだろう。
私と太宰先生は、どこか似ているものがある。
孤独を行き、絶望で立ち止まり、美を追求する。
でも私と太宰先生の、決定的な違い。
それは──
「人間失格」と
「人間に成り堕ちる」という考え方の違い。
皆の基準が高すぎて一般市民にしかなれなかった私。
皆に追いつけず自暴自棄にしかなれなかった太宰治。
並んでるところは同じなのに、こんなにも違いがある。
だから私は時に願う。
彼のような、光ある絶望に、私もなりたいと。
一. 「地獄、ここにあり。」
昼休み終わりのチャイムをアラームがわりに、目を覚ます。
本を読んでいる時間は、いつも夢を見ているかのように時が経つのが早い。
どれだけ私が、時間を拒んでも。
世界なんか、待っちゃくれない。
そんなこと、十数年生きてたら分かる。 でも、ふと文句を溢したくなる。
太宰先生の「晩年」に栞を挟もうとする手が、ふるえた。きっと私はまだ、夢の中に居たかったのだ。
図書室という夢の空間を抜けた先にあるのは、優しく、緩やかで、逃げ場のない……地獄。
一年生の教室が3つ連なり、出勤ラッシュのように生徒たちがぞろぞろ移動している。
騒がしい声。
楽し気な笑い声。
たったそれだけのこと。
でも、自分のことを笑っているんじゃないか──そんな不安が、心のひび割れをぬめるように這いまわる。
誰も悪くない。
それでも、どうしようもなく吐き気がする。
まるで、私の中の孤独が──大勢という存在そのものを拒んでいるようだった。
廊下が緩やかな地獄だとしたら。 教室は──私の「罪」が裁かれる地獄だろう。
今日もまた、裁判官が裁判長と楽しそうに話している。前までは友人と、親友だったはずなのに。
本を閉じ、現実を受け入れる。
教室の隅で、影を落とす。
まるで、怒声をやり過ごす部下のように。静かに、ただ、そこにいる。
この時間だけは、必ず文学に酔う。
声を出したところで──誰も、耳を傾けてはくれないから。
太宰先生と私の初めての繋がりは、義務教育中の「走れメロス」だった。それまで文学なんて退屈なものだと思っていたのに──あの瞬間、私は一気に引き込まれた。 整った言葉、強い緊迫感、手に汗握るラストに描かれる友情の価値の大きさ。 まるで太宰治の生きた時代と、メロスの生きた時代を行き来しているように感じたのを、今も覚えている。
みんな、「そんな友情が存在してたまるか」みたいなことを言っていた。
でも、それでいいんだと思う。
あれはきっと、太宰先生が描いた「理想の人物」が、メロスやセリヌンティウスに投影されているのではないか。
そんな感覚に、私は静かに酔っていた。
でも現実に戻ると、そんなもの存在しない。 少なくとも、この空間の中には。 この10分間に限っては、最初から席は用意されていない。
だからだろうか。
私が『走れメロス』を否定しきれないのは──
あれを「文学」としてではなく、
どこか遠くの「幻想」や「憧れ」として読んでいたからかもしれない。
今笑ってるあの親友が、メロスだったとしよう。
そして私が、セリヌンティウスだったのだとしたら。
私は──その願いを聞き入れることなんて、できない。
……絶対に。
ちょっと遅れてきて、きっとまた、
いつもの軽い調子で言い訳を並べるのだろう。
……私の、斬られた首の前で。
それが、現実なのだ。
それは、懐の深さに比例するわけではない。
メロスとセリヌンティウス、私と親友──
その関係性における“信用度”がすべてなのだ。
ruruha
私は、信用を得るために、なんでもしてきた。
「お前は人間失格だ」──そう言われぬよう、努力してきたのだ。
でも今では、その言葉が、むしろ私によく似合っている。
嫌だとは思わない。
道化を演じて自分を隠せば、誰かが私を認めてくれる。
……かつての葉蔵が、そうだったように。
笑い声が刃物のように感じる。
褒め言葉が、暴力のように突き刺さる。
体には何の傷も残らないのに──心の傷だけが、毎日少しずつ増えていく。
……真実が見破られた時の葉蔵も、こんな気分だったのだろうか。
初めて『人間失格』を読んだ日、脳髄が一瞬、真っ白になるような感覚を覚えた。 「この世界には、自分の思いをこんなに鮮明に描ける人物がいるのか」──
それと同時に、まるで自分自身が紐解かれていくような感覚があった。
私の孤独や、心のどこかの歪みまでも──太宰先生はすでに見抜いていたかのようだった。
……いいや、きっと、あの時から感じていたんだと思う。
「太宰先生と私は、どこか似ているものがある」と。
太宰先生は、人の孤独に言葉で寄り添える人だ。
彼の言葉は、弱くて、脆い。
けれど、それゆえに──その言葉が届くのは、「本当の弱さを知っている人」なのだと思う。
彼の紡いだ物語を読むたびに、 「このままの私として、存在していてもいいんだ」って、静かにそう言われる気がする。 ……少なくとも、太宰先生の小説の中では、私が“主人公”として生きられる。
彼の強さは、「人の弱さを救うこと」ではなく、 「人の弱さを、ただ理解してあげること」にあるのだと思う。
どんな気持ちで太宰先生が『人間失格』を書いたのか、 『走れメロス』を書いたのか、百五十を超える物語を紡いだのか── 本当のところは、誰にも分からない。
遺書のように語られた『人間失格』は、 私を含めた多くの孤独な人々の心を、掬い上げただろう。 そう、きっと、救い上げただろう。 闇から光へ──いや、もしかしたら、光から闇へかもしれないけれど。
太宰先生は、『人間失格』をこの世に残して逝くことで、 「自分と似た、どこかの孤独な誰か」に手を差し伸べたのかもしれない。
……私は、ただその一人に、入っただけの話だ。
地獄の10分間が終わって、ようやく自分の席へと戻る。
頭では「勉強しなきゃ」と思う。
でも……心はまだ、物語に取り残されたままだ。
……お願い。もう少しだけ、夢の中にいさせて。
二. 「ただ、君らが高貴なだけ」
周りの人が、あまりにも高貴で。 自分の人生が、誰にも気づかれずに教室の隅に残った塵のように思えてくる。
私にだって、道化を演じずとも高貴でいられた日々が、確かにあった。 ……そう、あの親友のように。
愛嬌があって、愛想がよくて、優しくて、可愛くて、真面目で、愛されていた子。 それが、かつての私。 ……そして今の私は、どうだろう。
「私は、人を笑わせることにおいては天才的でありました。」
あの葉蔵の言葉が、まるで違和感なく、今の私自身を語っている気がした。
人を笑わせたくて。 嫌われるのを、酷く恐れていた。 聞こえないふりをする。 分からないふりをする。 わざと、よく分からないことを言う。
……でも、本当は、全部分かっていた。
道化を演じたところで、一番にはなれない。 私は、彼女の「代わり」。 親友がいなくなると、みんなが私を頼る。 そう──私は、いつだって“二番目”だ。
スマホやゲームの横に、なんとなく置かれた漫画。 ……それが、私の居場所。
世界がひっくり返りでもしてみないと、現実に私の居場所は無い。……そう、どこにも。
そんな私に、唯一の居場所をくれるのが太宰先生だ。
私を、“漫画のまま”主人公にしてくれる。
世界がひっくり返る奇跡──それが、彼の物語。
私の闇すら、そっと受け入れてくれるような言葉ばかり。太宰先生は、自分が底へ堕ちた時の“孤独”を、誰よりも知っている。
だから決して、「立派だ」なんて、言わない。
彼が太宰治自身だったとして。
私が、現代における“その人間”に成り代わる存在だとすれば──
一つだけ、明確な違いがある。
太宰先生は、自らを『人間失格』と語った。
私は、自分のことを『人間に成り堕ちた』と考えている。
みんなが同じところに立っていたんじゃない。
私が落ちたんじゃなくて、みんなが高貴すぎた。
……私は、ただ追いつけなかっただけなんだ。
……太宰先生。
私がどこで人生を間違えてしまったのか、先生には分かりますか?
『自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。』
先生がそう感じたように、
私にも──人生のどこを間違えたのか、見当がつかないのです。
いつも完璧だったとは、言いません。
間違いは何度もあったし、後悔だって何度もしました。
でも──最初から後悔するって分かっていたなら、
私はすぐにでも動いていたはずなんです。
私は、人より劣っています。
何倍も、何十倍も、人と同じように生きることができません。
……それが、敗因なのでしょうか。
あーあ、夢なんて……もう、二度と見られなきゃいいのに。
三.「グッド・バイ、その先で」
家に帰って制服を脱ぐと、ほんの少しだけ、自由を感じた。
スマホを開き、なんとなくスクロールする。
体に悪いと分かっていても──やめられない。
薬物やタバコ、酒と同じだ。
一度、使いすぎれば、もう戻れない。
ふと、スクロールする手を止めた。
目に留まったのは、太宰先生の『グッド・バイ』。
コメディ調の軽やかさに隠れた、異質な深み。
『人間失格』のように己を描いた作品ではなく、
他者の輪郭を借りて描かれた、最後の物語。
……結局、それが書き切られることは、なかった。
本当に別れを告げる、最後の作品となったもの。
私はそこで、ひとつの仮説を立てることにした。 私が導いた結論は、二つある。 一つ目は、「限界だったんじゃないか」ということ。 自分を騙して、こんな軽やかな物語なんか、紡げるはずがない──そう思ったんじゃないか。 軽やかに書こうとすればするほど、自分を偽っているような気がしたんじゃないか。 自分らしくない物語の筆が止まるのは、私にもよく起こる現象だ。
もう一つは、「意図的な未完」だったんじゃないかという仮説。 あえて完成を見せずに物語を閉じないまま──そのまま、人生ごと作品に変えて、逝ったのではないか。 そう、「自死」までも含めて、この物語の最後だったのではないかと。
未完の物語を前に、読者は考える。 太宰先生の人生に触れて、想像する。 「その先」を、読む側が描いていく。 きっと太宰先生は、それを望んでいたのかもしれない。
『人間失格』で叫び、 『グッド・バイ』で微笑んで、 そのまま彼は、世界を後にした。
もしかしたら、今この瞬間に私が考えていることすら──太宰先生の掌の上なのかもしれない。 亡くなっていても、たった一冊の本で、こんなにも心が繋がれる。 それこそが、彼の言葉の奇跡だ。
彼の人生は、いつも「途中」で、「過剰」で、「届きそうで届かない」。 むずがゆくて、いら立って、それでも目を逸らせない。 ……その不完全さこそが、きっと、太宰先生の魅力なんだと思う。
……私がもし、彼の視界に一度でも入れたとして──
彼は喜んでくれるだろうか。
私は彼の「道化」を知りたいわけじゃない。 「孤独」を、「寂しさ」を、「叫び」を知りたい。
でもそれは、私の自己満足だ。
太宰先生は矛盾していた。
「誰にも理解されたくない」と思いながら、
心の中では「誰かにそっと理解されたい」という感情を持っていた。
その心に、私は触れたい。 今の私が、先生と同じ矛盾を持っているから。
太宰先生の孤独に、特別感はないのかもしれない。 ……でも、あまりにも深すぎる。
誰も抜けない剣を、腹部に深く深く刺されている。
先生、あなたに会えるなら、 「そんなに笑わないで」と、一言伝えてあげたかった。けれど、私が太宰先生と会えたところで、太宰先生の心中を止めようとは思わない。 だってそこまでが、彼の「美学」だっただろうから。
嗚呼、勉強しなきゃ。
また、元・親友に追い抜かれる。
そう思っても、筆が止まらない。
どれだけ勉強しても、努力しても──
最後に褒められるのは、いつだって彼女だけだったじゃないか。
元・親友の“二番目”になるくらいなら、
私は、太宰先生の“二番煎じ”として生きていたい。
太宰先生の小説の中でも、私の小説の中でも──
私が主人公で、あの子が“二番目”なのだから。
貴方の二番煎じでいる限り、私は永遠に「主人公」という幻覚に酔っていられるのでしょう。
四. 「二人の神と、私の感情論」
私はきっと、太宰先生のような人を求めていた。
どれだけ相談しても──担任の先生も、カウンセラーさんも、友達だと思ってた人も、親さえも。
みんな揃って、同じように言う。
「自分の心を強くするしかない」って。
それが間違いだとは言わない。
でも、それよりも──
タバコをふかしながら、黙って隣に座って、ただ微笑んでくれる太宰先生の優しさのほうが、
ずっと、痛くて。
……それでいて、心地いい。
太宰先生とは、アイスのように── 痛みを、半分こできそうだから。 きっと太宰先生が、そうしてほしかったんだろう。 ……そう感じながら、生きていたい。
だから私は、この人の文学に触れていたい。
耳で、目で、鼻で、触り心地で──心で。
貴方の孤独に、一文字一文字、触れてあげたい。
そこに正解がなくても、
目の前で貴方が、そっと頷いてくれると信じているから。
その夜、私は、夢か現か分からぬ狭間にいた。
見えたのは、知らない──けれど、どこか知っている影。
タバコの煙。その、ほんの少し先で、
誰かが静かに、微笑んでいる。
何も言わない。
……貴方は──一体。
私はその男を、写真でしか見た事がない。 いつもその写真は、虚ろな目をしている。 生き諦めたのか、それとも──絶望に静かに身を委ねたのか。
でも夢に出てきたその瞳は、「希望」を含んでいた。
もしかすると、 私のどこかが──まだ見ぬ誰かに向かって、 そっと警告を出しているのかもしれない。 「早く、私を……ここから救い上げて」って。
その切実な願いが、 私の中に、“理想の太宰治”という幻影を形作ったのかもしれない。
授業終わり、ホワイトボードに書かれた 無機質な文字を、ぼんやりと眺めていた。
どうして文学の文字は、 あんなにも彩りをもっていて、 私の世界に色を塗ってくれるのに──
教室の文字は、白黒で。 面白みなんて、ひとつもないんだろう。
教室という名の虚無に、目を向けた。
ここには、理想も夢も、本物の友情もない。
ただ、嘘だけが静かに積もっている。
誰にも気づかれない。遠い社会に出れば──こんな虚像、なかったことにされる。
私は、人間に恋などできない体になった。
文学が、そんな私を選んでしまったのだ。
私は、太宰先生の言葉に救われた。 じゃあ太宰先生は、何かの言葉に救われたのだろうか?
彼は、芥川龍之介先生を酷く尊敬していた。 「神の言葉」、そう言った。 ……私もそう思う。
でも、きっと太宰先生もまた、
誰かにとっての「神の言葉」を、生涯、書き続けていたのだと思う。
芥川先生の『羅生門』を初めて読んだとき、私は初恋に落ちた気がした。 人間の欲深さや醜さを、こんなにも“美”として言葉に昇華できる人が、この世に存在するんだ──と。 それは、感動と同時に、才能への恐れでもあった。
短くて、読みやすい。けれど、あまりにも闇が深い。 一読しただけで、まるでフルコースを味わい尽くしたような満足感があった。 ……それでも、私は何度も読んだ。 私の空っぽな何かを、その物語が、静かに満たしてくれたからだ。
芥川先生の端正な文体、冷静な知性。 そこから紡がれる物語は、もはや人間の領域を、超えていた。
太宰先生は、また違う道の── 神の領域へと達していた。 芥川先生は、「知性の地獄」を書き続けた。 太宰先生は、「孤独と絶望」を書き続けた。
その言葉たちは、私の世界を何度も、色づけてくれた。
自分を、勝手に“降格”させていた私に── 厳しく。 ……でも、優しく。 手を、差し伸べてくれた。
芥川先生は、太宰先生の人生を── 大きく変えたのだと思う。
芥川先生になれないからこそ。 自分の物語を、どうしても紡いでやる。
……その信念が、私の心までも撃ち抜いてしまった。
太宰先生はきっと、今でも思っている。 芥川先生を超えるどころか、 並ぶことすら、できないのだと。
でも私は、違うふたりの場所で、 それぞれの物語が、きちんと輝いていると思っている。
どちらも、同じ“神の領域”に届いている。
私がこのふたりの作品を読んで、孤独を感じないのは── きっと、彼らがいつも、後ろに立ってくれているからだ。
私の“孤独”に、そっと寄り添ってくれる。 それが、文学の奇跡だと思う。
……けれど私は、あの二人のような「神の領域」には行けない。 届かないどころか、掠りもしない。
文学とは、私が書いているような、 感情論の寄せ集めでは成り立たない。
社会を知り、絶望を知り、 何より──自分を知り尽くした者だけが、 あの領域に辿り着ける。
私には、そんなもの…… 微塵もないのだ。
五.「人生、返してください。」
そういえば、彼女は──昔から憎めない子だった。 ……それが、なおさら厄介だった。
私は、お風呂の時間が嫌いだ。 湯気で視界は曇り、体は熱に浮かされているのに── どうして心だけが、氷のように冷えているのだろう。
話を戻そう。 彼女は、懐の深い子だった。まるで、セリヌンティウスのように。 ……けれど私は、そんな彼女が嫌いだった。
だから私は、彼女にとっての「メロス」ではなかった。 たとえ──彼女が、そう思っていたとしても。
小学校高学年の頃のことは、いまも鮮明に覚えている。 「キンビット」。菌のように扱われ、擦りつけ合う、あの悪意の遊び。
私は別の四人グループにいた。 彼女は──気づいていなかった。 いや、薄々は感じていたのかもしれない。「避けられてるかも」程度に。
それでよかった。 私が「キンビット2号」と呼ばれる日が来るなんて、思ってもいなかったから。
笑われた。面と向かって。 私はその瞬間、体のほうが先に「終わり」を察していた。 あの日から、人生は緩やかに地獄へと傾いていった。
彼女は気づかない。 それが、ますます私を孤独にした。
いくつかの自殺未遂──首、水、刃。 でもどれも、中途半端で終わった。 「太宰先生も、こんなふうだったのかな」と思った。
それでも私は、彼女を守ろうとした。 「私が守らなきゃ」──その義務感だけが、日々の体温だった。
待たされるセリヌンティウスは、こんな気持ちだったのだろうか。
──ある日、すべてを彼女に話した。 終わってから、もう一年が過ぎていた頃だった。
「へぇ、そんなことがあったんだ」
その反応は、私の心に深く何かを突き刺した。 軽さ。無関心。あるいは、鈍さ。
このとき私は、はじめて「同種」に向かって「は?」と言いたくなった。
私は、孤独の中で彼女を守った。 その重さを、彼女は「へぇ」で受け流した。 それでも私は、いつか感謝される日が来ると信じていた。
──愚かだった。
「中学さえ我慢すれば、すべてが変わる」 そう思っていた。信じたかった。 私の努力は、そこに集約されていた。
私は頭が良くない。家庭にも余裕がない。 だから、推薦で進める高校へと進学を決めた。
彼女は違った。頭もよく、選択肢はいくらでもあった。 ──それなのに。
「私もその高校、同じ学科で受けるよ!」
彼女がそう言った瞬間、世界が崩れた。
太宰先生が「道化が崩れ去るのがいちばん怖い」と言った、あの感覚が、 私の胸を引き裂いた。
彼女はどこでも生きていける。 でも、私にはここしかなかった。
私は叫びたかった。 「私の人生を返せ」、と。 「あなたは何も奪っていないつもりかもしれないけど、私は、ずっと何かを奪われ続けてきた」……と。
高校に入ってからも、彼女は私の居場所を静かに奪っていく。 部活の友達も、クラスの友達も、みんな口を揃える。 「あの子って、すごいね」
──黙れ。 黙れ。黙れ。 黙れ黙れ黙れ。 全員黙れ。
私の中で、最初の道化が崩れた。 でも私は、新しい仮面をすぐに用意した。 今度は、「孤独でも生きていける私」を演じる道化。
本を読んでいれば、友達なんていなくても大丈夫ですよ── そんなフリ。そんな嘘。そんな保身。
……太宰先生。 これが、あなたの言う「孤独」なのでしょうか。 それとも、これは「孤独」を越えた── 名もなき、もっと深くて、凍えるような何かなのですか。
湯船に浸かっていると、決まって、変なことばかり考えてしまいます。 考えたいことは山ほどあるのに、 今日の後悔や虚しさが、先にやってきてしまう。 だから、長風呂も、思うようにはできないのです。
どこかで、覚悟はできていました。 自分がいつか、「孤独」という人生を歩むのだろうという予感は── ほんの少しだけ、心のどこかにありました。
でも、それと同時に思うのです。 「本があれば、孤独も怖くない」──そう感じるようになった、と。
心の中で、私の叫びが、ガラスの壁を叩いている。 「早く、ここから出して」 「早く、私を自由にして」
……自ら命を絶った人は、 もしかすると「死にたかった」のではないのかもしれない。 「今ある地獄から、どうか解放されたい」と── ただそれだけを、切実に願ったのかもしれない。
どんな痛みよりも、どんな苦しみよりも── 今を生きるこの“息苦しさ”こそが、 一番、つらかったのだ。
……私もまた、 その一人であるように、思えるのだ。
六. 「書きなさい、そして──」
その日、太宰先生は私の夢に現れた。 夢か現か。タバコの煙の、その先に──彼は立っていた。 ふかした煙の向こうで、こちらを見て、ただ微笑んでいた。 まるで私のすべてを知っているかのような眼差しで。
……もしかしたらそれは、私の中で作り上げた「太宰治」かもしれない。 でも、それでかまわない。 私と太宰先生は、孤独を分かち合えるほど、同じ痛みを抱えているのだから。
「……君も、『孤独』を愛してしまったんだね」 その問いに、私は黙って頷くしかなかった。 そう──私も、「文学」というきっかけがなければ、自分の叫びを出せない。ただ、孤独なのです。
どうしたら、いいのでしょうか。
「君はもう、その答えを知っているじゃないか。 書き続けなさい。かつて私がそうしたように」
そして、こうも言った。 「そして──生きなさい。かつての私や芥川先生ができなかったことを、君はまだやり遂げられる」 「だって君は、まだ書いているだろう?」
太宰先生の姿が、ゆっくりと煙に溶けていく。 「待って」と声をかける前に、彼はこう残していった。
「大丈夫。君と私は、言葉でつながっているよ。 何も恐れなくていい」
タバコの香りだけが数秒、そこに残った。 胸の奥がじんわりと温かくなる。 太宰先生は、いつだって私の「欲しかった言葉」を知っている── きっとそれは、かつて彼自身が、誰かに言って欲しかった言葉でもあるのだろう。
生きることが「罪」だと、どこかで思っていた。 死ぬことこそが「美」だと信じていた。 太宰先生は、たった13年で150を超える物語を紡いだ。 私は、その半分の6年で──いったい何を、書いてこれたのだろう。
あと7年。 ……書こう。書き続けよう。 そしていつか、私の「美」がやってきたとき── 太宰先生に、「よく、書けました」と言ってもらえるように。 「恥の多い生涯だった」と、笑って言えるように。
夢から覚めても、鼻の奥に、タバコの匂いが残っていた気がする。 初めて知った、太宰先生のタバコの香り。 普段は嫌いな匂いなのに── この香りだけは、少しも不快じゃなかった。
「私たちは、言葉でつながっている」 太宰先生は、そう言った。
私は思い込んでいた。 この世のどこにも、もう「太宰治」という存在はいないのだと。
けれど、『晩年』を開いた。 一文字ずつ、確かめるように指先でなぞっていく。
……言葉は、生きている。 太宰先生は、ここにいる。
「ずっと……ここにいたんですね、太宰先生」
私たちが本を開くと、 太宰先生は現代へと帰ってくる。 ふっと冗談を言って、 そして──また静かに、本の向こうへ戻っていく。
太宰先生は、いつもどこかで、 誰かの心を軽くする魔法を使っている。
でも、もし。 もし本当に、彼が気づいてしまったら? 自分の痛みが、私の中で再構築され、 誰かの「強さ」へと変わっていることに。
……きっと、寂しさを感じるだろう。 なぜなら彼は、誰よりも恐れていたから。 自分の「弱さの文学」が、 誰かを「強くしてしまう」ことを──。
……私は、「私の孤独」を書きたい。 迷っても、泣いても、怒っても──孤独を感じても。 書き続ける限り、私はここにいて、 「孤独ではない」から。
私は永遠に、「葉蔵」であり、「下人」でいられる。
今書いているものは、「誰かに読んでほしいもの」なんかじゃない。 「どうしても伝えずにはいられないもの」。 それが、いつか、誰かの命を救うことだってあるかもしれない。
『晩年』を、そっと本棚に戻す。 文豪たちの本が静かに並ぶこの場所は──ただ、それだけで心地がいい。 壊れそうな自分を、彼らの言葉が少しずつ癒してくれる。
一冊、本を鞄にしまう。 鞄を持って、玄関で、一呼吸。
私はきっと、これからも どれほど優しくされても、「孤独」を感じてしまうだろう。 そして、「道化」を演じ続けるだろう。
……でも、もう怖くはない。
書き続けなさい。 太宰先生の、その言葉が、私を強くしてくれたから。
書き続ける。 何があっても。 書き続けたその先に、何があるかは分からないけれど。
学校では、いまだ孤独だ。 元親友の楽しげな笑い声が、 私のすべての努力が報われなかったことを、何より雄弁に語っている。
彼女を信じ、救おうとし、親友だと思い続けていた。 ……それらすべてが、間違いだったのかもしれない。
でも、不思議と怖くはない。
その孤独が、私を「文学」へ導いてくれた。 そして、その文学の先で──
太宰先生。 あなたが微笑んで、静かに待っていてくれるから。
七.「同じ。でもなれない。」
──拝啓 太宰 治先生。
貴方に届くことのない手紙を、私はここへ書き留めます。
私は太宰先生の作品に、言葉に、そして人生に救われました。 ……ただ一つ、言いたい文句があります。
貴方は、「生き急ぎすぎ」であり、「死に急ぎすぎ」です。 矛盾しているように聞こえるかもしれません。 でも、太宰先生にはこの言葉がいちばんふさわしい気がするのです。
貴方の死は、どんな作品よりも絶望的で、そして──どんな作品よりも美しかった。
私は、恐れているのです、太宰先生。 貴方がいつか、皆から忘れられてしまったら。 皆が文学に興味を失って、貴方の文字に、人生に、触れなくなってしまったら……
それはもう、「死に損」ではないですか。
太宰先生の一つ一つの言葉が、 絶望に呑まれかけていた人間を、何人も、何人も救い上げてくれた。 そう──その一人が、私なのです。
『人間失格』は、今や誰もが知る「太宰治の作品」となりました。 それは、皆が「文学」として触れているからです。
でも私にはわかる。 あれは「作品」ではなかった。 あれは、貴方の「人生」だったのでしょう?
そう思うと、貴方の人生に、簡単に文字で触れられることが── 喜ばしいと同時に、どこか寂しく感じるのです。
私は、太宰先生と同じ絶望を歩んできた人間でした。 まさに「人間失格」と言うほかないほどに。
でも、貴方の作品はそれを「否定」も「肯定」もしない。 ただ、ただ静かに──その孤独に寄り添ってくれるのです。
だから、最後に一つだけ言わせてください。
私はこれからも、書き続けます。 いつか、貴方に認められて、 貴方と同じ場所に並ぶ「文豪」になれるように。
時間はかかるかもしれません。 でも、私にはまだ「生きている時間」があります。
太宰先生。 貴方はきっと、今もどこかで自分を否定し続けているでしょう。 でも、私は貴方に「底」から救われたように、 今度は私が、貴方を「そこ」から救ってあげたいのです。
だから信じてほしいのです。
「貴方の『恥の多い生涯』は、とても価値あるものだった」と。
今日も私は、貴方の本と「夢」を見ます。 机の上で、顔を本に押しつけるくらいの気持ちで、 貴方の一文字一文字を、感じていたいのです。
だからどうか、そこで待っていてください。
いつか私がそちらに行ったとき、 「貴方の小説は神の領域だ」と── その理由も含めて、ちゃんと教えて差し上げますから。
「生きていてすみません。」
太宰治の書いた『人間失格』には、そんなフレーズが存在する。自己嫌悪と生きることへの罪悪感を象徴する、恐ろしいほどに美しい言葉。 彼はこの作品を書き切ったあと、入水自殺をした。
私と太宰先生は、どこか似ているものがある。 太宰先生は、自分の歩んだ「絶望」を、他者の光に変えた。その絶望は、あまりに深く、私を撃ち抜いた。
私は太宰治になりたいのではない。
太宰先生に救われた一人として、自分の痛みを──誰かの『奇跡』に変えたいのだ。 だから私は、自分の歩んだ「孤独」を、誰かの「奇跡」に変えたいと思う。
あの日、夢の太宰先生が、私に「奇跡」を与えたように。
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アクたんの書く物語って、決して主人公が俗世に返り咲くような一般的ハッピーエンドじゃないけど、それでも確かに救いがあって、明確に登場人物の感情がこっちに常に流れ込んでくるほんとにすごい作品だと思いました(作文)