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深澤のマンションに着くと、彼は「ほら、お前どうせ汗かいてんだろ。先風呂入っちゃえよ」と、慣れた手つきでタオルと着替えを準備し始めた。
「あ、でも…」
「いいからいいから」
そう言って深澤がクローゼットから取り出したのは、なぜか見覚えのある黄色のTシャツだった。
「これ、ひーくんのじゃ…」
「そ。なんか知らんけど、いつも置いてあんだよな。ちょうどいいだろ、勝手に借りちゃえ!」
屈託なく笑いながら、深澤はそのシャツを目黒に差し出す。「いや、いいんすか、さすがに…」と躊躇する目黒に、「いいのいいの!バレなきゃ犯罪じゃないって!」と意味のわからない理論を展開し、半分無理やりシャツを押し付けた。その強引さが、今はありがたかった。
言われるがままにシャワーを浴びると、少しだけ頭がすっきりした気がした。岩本のTシャツは、彼のものと同じように、どこか安心する匂いがした。
リビングに戻ると、深澤も風呂の準備をしながら、「お前、ベッドで寝ろよ。俺ソファでいーし」と、何でもないことのように言った。そのさりげない優しさに、目黒は慌てて首を横に振る。
「いや、それはダメですよ!俺がソファで寝ます。ふっかさんのベッドですし…」
「えー、いいって。病人みたいなもんだろ、お前も」
「病人じゃないです。絶対に俺がソファで寝ます」
頑なに譲らない目黒に、深澤は「ふーん、まあ、そこまで言うなら…」と少し面白そうに口角を上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかなー」
その後、深澤も風呂から上がり、二人で他愛もない話をした。テレビをつけ、バラエティ番組をぼんやりと眺める。無理に今日の話はしなかった。ただ、隣に誰かがいるという事実が、ささくれだった目黒の心を少しずつ癒していく。
やがて、深澤が「んじゃ、俺もう寝るわ。お前も早く寝ろよ」と寝室へ向かう。
「おやすみなさい」
「おー、おやすみ」
リビングの電気が消され、部屋は常夜灯の微かな明かりだけになった。広いソファに横になる。明日、康二はどんな顔で自分を迎えるだろうか。許してくれるだろうか。不安が再び胸をよぎるが、さっきまでの絶望的な孤独感はもうなかった。
隣の部屋から聞こえてくる、かすかな寝息。その存在が、今は何よりも心強い。目黒は、明日の朝、一番に伝えなければならない言葉を胸の中で何度も繰り返しながら、ゆっくりと目を閉じた。長い夜が、ようやく明けようとしていた。