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21 ◇告白
プロポーズをしたからといって篠原がこれまで抱えてきた澱のようなものを、
果たして……まだ付き合ってもいない俺なんかに話してくれるのか自信は
なかった。
だが、かなり心を許してくれたのか旅先で一泊した翌日、ぽつぽつと
これまでのことを話してくれた。
❀
実は俺も彼女も目一杯仕事をやっつけて旅に出たため、その夜は
ふたりとも疲れてもうヘトヘト。
温泉につかった後は話す元気など残っていなくて、見事にふたり揃って
爆睡してしまった。
まぁ、そんな風に俺と一緒の部屋で一夜を過ごしたってことも彼女の気分を
楽にさせたのかもしれない。
疲れも取れたところでビュッフェ形式の朝食で胃袋を満たし、そのあと
散歩がてら近隣の風景を楽しむことにして、俺たちはホテルを出た。
奇麗な景観と空気の中を2人してのんびりあてもなくブラブラ歩いた
のも良かったのかもしれない。
当り障りのない会話をしていたその流れで、自然と彼女は自分のこれまでの
生きてきた歴史というか子供時代のことなどを話してくれた。
父親が自分から母親を奪ったこと、
母親が自分を残してひとりで家を出て行かなければならなかったこと
などが、非常につらく悲しいことだったと。
まぁ、この辺りのことは身辺調査で俺も知ってたんだけどね。
成人してから母親に会いに行ったそうだが、その時母親から一緒に暮らそう
と言ってもらえなくて凹んだと言った。
けれど、幼い日父親に向けて涙ながらに娘を一緒に連れて行きたいと言って
くれた母親の言葉は今でも彼女の宝物なのだとも言った。
そして、あの時の母親の一言がこれまで自分が生きていく上でものすごく
支えになったのだと語った。
そう語る篠原の話をしんみりと聞いていたら、少し衝撃的な話が
出てきた。
今回は俺が天羽 さんの奥さんに早い段階からチクったり、奥さんとの間が
拗れていると社内に噂を流していたこともあって天羽さんとはもちろんのこと、
前の2人とも今まで篠原は彼らにつきまといはしていたものの、その誰とも
深い仲にはなっていないと言うのだ。
はぁ~?
俺は清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟でプロポーズしたわけだが
……はぁ、そうでしたかっていうよりほかなかった。
まぁ、もともと純潔だけが女性の値打ちとも思ってはないけどね。
いや、しかし清い身体だと言うのなら、それに越したことはないわ。
「なぁ、聞いてもいい?」
「何かな?」
「じゃあさ、俺が一緒にこれから……って話をした時、こんな汚れた身体で
もいいの? って何でそんな風に俺に言ったの?」
「さぁ? ……なんでかなぁ。
思わず本能が仲村くんの本気度を確かめたかったのかも。
ごめん、紛らわしいこと言って。
でも仲村くんからの提案、すごくうれしかった」
「そりゃどうも!
な、お母さんと一緒に暮らしたい?」
「……?」
「お母さんと一緒に暮らせる方法があるけど、知りたくない?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仲村くんには、驚かされてばかりだ。
だけど、そんな方法は流石にないと思う。
仲村くんはどんな魔法を使おうとしているんだろう。
母と一緒に暮らすなんて、有り得ないと否定しつつも
ほんのちょっぴりの期待を込めて私は仲村くんの次の言葉を待った。
「俺たちが結婚したら……」
「ん? 結婚したら……」
「君のお母さんとも、ジジババとも暮らせばいいじゃないか」
「えーっ! いいの? っていうか無理よ、そんなの。
祖父母も母も経済的にゆとりなさそうだし、私とあなたが
共働きしたとしたって到底皆で暮らせるような環境作りは難しいもの」
「結婚したら、篠原には専業主婦してもらってもいいと思ってる」
えっ? 共働きしても到底母や祖父母まで引き取ってなんて難しいって
いうのに、私には仕事やめてもいいなんて。
気持ちは有難いけど、仲村くんちょっと世間知らずじゃない?
心の中で疑問を投げかけていたら、そんな風に思ってたことが
顔に出てたみたいで――――。
そこから仲村くんが彼の将来設計やら実家のことなんかを
私に話して聞かせてくれたの。
“ Personal history 生い立ち ” 篠原智子 と仲村伍樹
智子の父親は秘書を愛人にし、ついには智子の母親を離縁して
家から追い出した。
そんなだったから――――
智子はずっとずっと父親を憎み、不倫、不貞を毛嫌いして生きてきた。
父親から受けたトラウマのせいで既婚男性にはことのほか
意味もなく不信感を持つようになり、男嫌いになった智子。
もの心ついた頃から愛情をかけてくれる人のいない環境で育ったため、
寂しい人間だった。
父親のように妻と子がいても、若い女にコロッと靡
既婚のチャラ男を陥れることを生きがいに……
父親を破滅させることだけを考えて……
生きてきた。
まずは義母への復讐。
その次は父親を……と、一生懸命勉学に励み父親のいる大企業に就職。
決して親のコネで入ったわけではなかった。
別段父親から愛されているわけでもなく、特別扱いなどを
してもらおうなどと微塵も智子は考えなかった。
しかし既婚男性を落とすハンターとして動くときには親の七光り的存在
として自分を演出、アピールしまくり次々とターゲットに決めた既婚者に
手を出していった。
そんな様子を一歩引いたところから見ていた人間がいた。
同期入社した同僚の仲村伍樹だった。
◇ ◇ ◇ ◇
仲村伍樹は、次期役員となるべく人物で某財閥の本物の御曹司だった。
父親と親しくしている今の会社のCEO繋がりで、修行の一環としてこの会社に
就職していたのである。
伍樹は財閥の御曹司の三男坊として、何不自由なく生きてきた男。
長兄も次男も御曹司にふさわしい教育を受け、上流社会で生きていくことに
何ら疑問を持つこともなくすっぽりとその型に嵌って生きてゆける人間で、
彼らは妻も同じような環境で生きてきた上流階級の女性を妻にしていた。
伍樹の母方の最初の祖父は祖母が母を産んだ5年後に病死している。
そのため、現在存命中の2番目の祖父は伍樹とは血の繋がりが一切ない。
夫が亡くなり悲しみに暮れていた祖母に、寄り添い愛情を注いでくれたのが
現在の継祖父、一郎だった。
この人は、元々祖母たちが所帯を持った頃から広い庭一面の世話をしていた
庭師であった。
悲しみの中にいた祖母のために、せっせと草花を育て祖母を慰めてくれたのが縁で、
上流階級とは程遠い継祖父だったが、恋愛は強しで祖母の熱意に周りの親族が折れて
……というかほとんど反対もなく、養子に入ることを許されたと聞いている。
すでに祖母は男の子を産んでおり、俺の母の兄にあたるのだが……後継者は
ちゃんとした筋から生まれていたことが再婚をしやすくしたのだろうと
継祖父は話してくれたことがあった。
何故か伍樹は、この血のつながりのない継祖父と馬が合うというか
伍樹が3人目の男子ということもあって両親からはかなり放任されており
近隣に暮らす祖父母の家に小さな頃からしょっちゅう泊まりに行ったり
していて、おばあちゃん、おじいちゃん子として大層可愛がられて
育った。