◻︎ニシちゃん
___ここからは、ひまわり食堂の未希の視点です。
「こんにちは!ちょっとお邪魔します」
「いらっしゃい、久しぶりね」
ひまわり食堂に現れたのは、美魔女と呼ばれていた木崎香織。
「ちょっとバタバタしてたので、なかなか来れなくて。あの、これよかったら。今日は子ども食堂ありますよね?」
20個ほどのマドレーヌを出してくれた。
「ありがとう!こんなお菓子は進君には無理だから、みんなよろこぶわ」
「わかんないぞ、俺だってやろうと思えば案外と」
キッチンから進が顔を出して、一個いただくね、と持ち去った。
「それにしても、なんだか晴々とした顔になったね?香織さん。憑き物が落ちたような?」
「わかります?自分でも気持ちが軽くなった気がします」
テーブルに座り、あれからの経緯を話してくれた。
「すごいね!香織さん、その子を引き取るなんて、なかなかできないよ」
「自分でも不思議なんです。もしかすると、ここでご飯を食べさせてもらった時の感動が、あったからかもしれません」
「感動?」
「みんなで賑やかに食べるご飯は、特別に美味しかった。大輝にもそのことを知ってもらいたかったからかも?」
「そうか、でも、これからが大変だよ?」
「覚悟はしてるつもりです、でもへこたれそうになったらまた、話を聞いてくださいね」
「わかった。頑張ってね」
ぴろろろろろろろろ🎶
私のスマホが鳴った。
「ちょっとごめんね、電話だから」
「はい、私は報告だけなので、これで…」
香織はそそくさと帰って行った。
家族4人分の晩ご飯を作らないといけないから大変なの、と嬉しそうに言いながら。
電話に出る。
「もしもし?」
『あっ!未希さん?』
「その声は、ニシちゃん?久しぶりだね?」
『元気でしたか?って、元気ですよね?うちの人が言ってました』
___うちの人…貴君はそう呼ばれてるんだ
「元気よ、どうしたの?アルバイトを辞めて以来だから、3年ぶりくらい?子どもは男の子だったよね?大きくなった?」
『もうそんなになりますか…』
「で?何かあったの?」
『あったというか、これからあるというか…』
「なんだか不穏な感じね。貴君はいつもと変わらない感じだけど」
今では完全に、仲良しの同僚になった貴君。
子どもも産まれてうまくいってると思ってたんだけど、何があったんだろ?
『息子はもう2才を過ぎました。半年もしないうちに3才です、早いですよね?』
ニシちゃんは、アルバイトで入ったラブホテルの清掃員の先輩だった。
それが偶然、貴君のお見合い相手で、そして貴君と結婚した。
私が貴君を好きだったこと、一度だけとはいえ関係があったことは、ニシちゃんには内緒だ。
貴君にも、そこは釘を刺してある。
けれど、絶対言っちゃダメだよ、とキツく言ったわりには、貴君にとって私とのことは大したことではなかったようで、何事もなく過ぎていった。
今では気の合う職場の同僚で仕事の師匠だ。
あの頃、ニシちゃんが昼間の仕事のほかに清掃員のアルバイトをしてたのは、病弱なお母さんと家族の生活を支えるためだったようだ。
「だからね、私、結婚するなら経済的にもしっかりしてる人がよかったんです。お見合いなら素性もちゃんとしてるし。それに、すぐに子どもを作らずにアルバイトもしばらく続けたいと条件を出して。それでもいいと言ってくれたのが、うちの人でした」
お見合いして貴君に決めた理由を、そんなふうに話していたことを思い出した。
結婚して一年くらいしたときに、お母さんが亡くなって、それで約束だったからと子どもをつくって、そしてアルバイトを辞めた…そこまでしか聞いていない。
貴君は、職場では家の話はほとんどしないし私も特に興味もないので、最近のことはわからない。
「可愛い盛りじゃない?名前は?」
『樹《たつき》です。実はその樹のことで、未希さんに話を聞いてほしくて…』
「難しい話は無理だけど…」
『私、樹をお義母さんにとられそうで、どうしたらいいか、もう樹を連れて家を出ようか?と思ってて…』
___ん?嫁姑問題?
「よそんちの嫁姑問題は、まずそこの旦那さん、つまり貴君に相談してからだと思うよ?」
『あの人、相談してもなにも言ってくれないし行動もしてくれないんです、車のことしか頭になくて!!』
電話から聞こえるニシちゃんの声が、どんどん大きくなって、もはやスピーカーで話してるみたいだった。
それほど興奮しているようだ。
「あー、そんな感じだね、貴君はね…」
夫としても父親としても、自覚がないのかもしれないなぁ。
___結婚とかしなくてよかった
いまごろそんなことを思う。
「電話じゃよくわからないから、時間ある時にうちにくる?」
『いいんですか?ぜひ!』
私は[ひまわり食堂]のマップをニシちゃんに送った。
ニシちゃんが樹を連れてうちに来たのは5日後の日曜日だった。
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