テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#一次創作
ruruha
257
ruruha
848
323
拡散していく。
明確だったはずの自分と世界の境界線が消失していく。
音も匂いも、かつての記憶の欠片さえ薄れていく。
そして完全な無に溶け込む前に、それは突然やってきた。
高波に攫われる衝撃。
何もなかった場所から力任せに引きずり戻される。
襲いかかって収束していく五感。
感じたことのない不快感と快感の波が襲いかかる。
何もかもがめちゃくちゃに撹拌されて、区別がつかない。
そして突然、目隠しと耳栓が剥ぎ取られた。
スポットライトの当たる舞台へ弾き出されたような。
「おい!」
「!」
フレディは横っ面を弾かれた気分で我に返る。
「聞いているのか?」
窓際に立った男ーーアーウィンが、苛立ちを含んだ目で見ていた。
一瞬自分の居場所が分からなくて、混乱する。
辺りを見回して、ようやく落ち着いた。
そうだ。ここは姉ちゃん家の居間だっけ……。
「ゴメン。途中から全然聞いてなかった」
正直に答えると、彼は軽蔑した眼差しをよこす。
「仕方ないでしょ、キョーレツな体験した直後なんだからさあ。頭が一度ザクロになってんだし、そりゃぼーっとするってー」
言い訳をしながら、フレディは自分の後頭部を弄る。
傷も穴もないが、微かに純痛が残っている気がした。
砕かれた骨の記憶だろうか。
「もう一度割ったら、スッキリするんじゃないか。よかったら手伝うが」
にこりともせず、アーウィンが提案する。
「やめてよ。何が楽しくて、一生に二回も頭を割んなきゃいけないの。さすがに頭悪くなるよ。それにあんただって、今そんな体力ないでしょ」
彼の顔色が悪いのは冥使だからと言うばかりではない。
アーシュラに舌を切れて平然としているが、実際にはかなり消耗している。
舌はいずれ再生するだろうが、当分は無茶できないはずだ。
「しばらくは大人しくしてなよ。俺もなんかだるいし、今戦うの、面倒〜……」
フレディはひとつあくびをすると、ソファに深く埋もれる。
あの時何が起こったのか分からないまま目を開ければ、隣には血まみれのレナが倒れていた。
その光景に青くなる。
しばらくしてそれが何を意味するのか、自害した自分の身に何が起きたのかを悟って、更に青くなった。
図らずも「奇跡」が起きた。
一度暗い死の淵へ落とされたフレディは、再び明るい場所へ引きずり戻されたのだ。
その強力な血の力によって。
「あれは、確かに危険だわ」
高い天井を見上げながら、独りごちた。
今ならアーシュラが血に溺れた理由も、少しは分かる。
央魔を含む上級冥使はその舌を使い、自らの意志で血を相手に送り込むことができる。
それを授血という。
央魔の血は体内に入っても入蝕は起きない。
どちらにせよ冥使の血による干渉は、痛みと不快感。
そして快感が伴う。
特に央魔の血の場合、その快感の度合いが強くなる。
実はこれこそが、央魔の血が危険視される理由の最たるものだ。
自然の摂理を覆しかねない強すぎる力も、その一因であることはもちろん。
最も警戒されているのは、その血への依存である。
危険と知っていても、二度三度求めたくなる強くて甘い薬。
それは麻薬に例えられる。
だからこそ、央魔の血は禁忌の一つとされる。
受けることはもちろん、与えることもだ。
例え結果が最善だったとしても、ヒト以外の血が体内に入ることは変わりない。
ヒトには強力すぎる、不安定な血。
それは薬にも毒にもなる……。
そして何よりも、奇跡のために央魔が搾取される存在であってはならない。
今回のアーシュラのように。
フレディはソファに身を預けたまま、チラリと視線だけアーウィンに送った。
「あんなこと、もう絶対やらせないでよね」
「別にやらせたわけじゃない」
しれっとした顔で、彼が答える。
「レナが倒れて見ていたら、お前が勝手に生き返っただけだ」
「黙って見てたんだから同じことなの!」
「邪魔した方が良かったのか」
「そういうわけじゃないけどさ……」
口を尖らせた。
生き返った身としては、そうですとは言いにくい。
「だけどあんたなら、姉ちゃんが他人に血を与えるのなんて嫌がりそうじゃん」
レナに異様な執着を見せるこの冥使が、それを黙って眺めているというのはなんとなく違和感があった。
不審を込めて視線を送る。
珍しくいい澱む気配の後、彼は呟く。
「興味があったんだ、どうなるのか。本当に央魔に『奇跡』が起こせるのなら、見てみたかった」
央魔の血の奇跡については、伝承の域に達するものがいくつか報告されているだけだ。
その血がどのような条件で、どのような力を発現させるのか。
ほとんど解明されていない。
今回、「新鮮な死体」であるフレディの側で、「央魔」のレナが大量の血を流した。
それが偶然「授血」という形になったのだろうというのが、二人の一致した見解。
央魔の血については、冥使であるアーウィンにも分からない領域なのだろう。
「まあ……結果からすれば、お互いにとって良い判断だったんじゃないか?”村”としてもこんなところで次期大老師を失うのは痛手だろう」
「うわ、そんなことまで知ってんの……」
フレディはちょっとうんざりして、小さく舌を出した。
彼は村の首座である大老師の位を継ぐことが内定している。
現在、空位となっている最高位への就任を待ち望む者も多い。
「お前の存在は、今後レナにとって有益だ。彼女が”村”に入るのであれば、なおさら」
「まあねえ」
央魔となった者は”村”で保護下に置かれ、同時に監視下に置かれる。
自分が生きている以上、レナも通例通り”村”へ連れて行くことになる。
しかし、彼女にはいくつか不安要素がある。
“村”で受け入れるには、ちょっとした根回しをしなからばならないだろう。
それには自分の持つ肩書きが多少役立つ。
それについては特に異存はないのだが。
コメント
1件
読み終わりました。「もう一度割ったらスッキリするんじゃないか」ってアーウィンのブラックジョーク、好きです。それでいて央魔の血の危険性や依存性についての語りがしっかり入ってくるから、世界観の厚みを感じました。フレディが復活した直後のぼんやりとした感覚の描写もリアルで、一気に引き込まれました。村や大老師の継承といった伏線も気になりますね。次の話も楽しみにしてます。