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首輪も何もつけていない郁己のうなじに蒼司の顔が近づいて…
ぎゅうっときつく目を瞑っていた郁己は恐怖と絶望に飲まれ、
酸素が届かず霞んでゆく視界の中で意識を手放した…。
がぶっっ
「ぅ、フー、フー、っぐ…」
噛んだのは、蒼司の腕。
牙がないαの歯でも、理性を保つには十分な痛みだった。
つぅ、と彼の血が腕を伝ってぽたり、と地面に落ち、赤いしみをつくる。
右腕の中にぐったりとしている郁己を抱き込み、左手は噛んだままで、
ポタポタと雫のように流れていた血はいつの間にか、たらりと糸をつくり流れ落ちていた。
痛みの中で明瞭になっていく意識と理性で、どうにか晃に電話をかける。
〔お前、今何処いんの、昼休みもう終わるぞー〕
「こ、しゃっうら…っ、かばんっ、のな…か、くす、りっ、も…こ、い」
〔っえ…?急いだほうがいいよな?〕
「、ああ…」
〔りょーかい…!〕
ブツッと切れたのを確認し、スマホを手放す。
まだ、噛み続けている腕からは、血が流れ続けていた。
それから数分も立たないうちに、足音が聞こえてくる。
「っ、ここか…っ、蒼司っ!?、おい、その腕…!」
「、い…から、はなっ、れろ…っ」
βでもわかるほどの郁己のフェロモンは気絶していてもなお、溢れていた。
甘い匂いにくらり、としながらも蒼司に緊急抑制剤を渡し、2人から距離を取る。
「え、っと…?どうすればいいか…」
(多分この黒髪、Ωだよな。すっげぇ甘い匂いしたし。
ってことは蒼司はそれに当てられてんのか…っ)
晃は何かに思い立ったような顔をして、校舎の方に走っていく。
それを横目に見送った蒼司は自分の腕から口を離し、服用量の1.5倍の量を飲み込む。
腕に抱き込んだままの郁己はぐったりとしていて、蒼司が目にかかった前髪を
横に梳くようによけると、真っ白な顔がはっきりと見えた。
(こいつ、ったべて、っのか…?、顔 白っ。体 細…っ、)
薄暗い場所でもわかるくらい真っ白な肌は、陽の光を浴びたことがないのかと思うぐらいで。
ちゃんと食べているのか分からなくらいに細い体は抱き締めると壊れてしまいそうなくらいだった。
抑制剤が効くまではあと十数分かかるため、それまでは本能と理性の戦い。
風が通らないのが良かったと思う(風に乗ってフェロモンが広がることがない)反面、
風が通らないせいで悪影響が大きい(フェロモンがその空間に充満する)という事もあった。
(、ヤベぇ…っ。いつまでっ、持つか…っ。晃、っはどこっ、に…)
そんな事を考えていると、パタパタと足音が聞こえてくる。しかも、2つの足音がこちらに
走りながら近づいてくるようだった。咄嗟に蒼司は郁己を抱き込み、足音のする方に意識を集中させる。
やがて、人影が見え、壁の横から息を切らした晃と先生の顔が見えた。
口に手を当ててぐっと顔を顰める晃はβなのに、郁己はそれを誘惑できるのだ。
「っ、常盤…?っつ、確かに。これは…っ」
その言葉を聞いた瞬間、蒼司がギッと2人を睨みつけ、ぎゅうっと郁己を抱きしめ…そして、
αのフェロモンがぶわっとでてきた。それは、βにもはっきりと分かる程の他者を圧倒する濃密なフェロモン。
「っっお、い…!蒼司っ、っう、…っ」
「常盤、腕の中にいるのは…楪?っえ、意識は…、意識はあるのか?」
郁己の名前を出したせいで、蒼司の敵愾心はピークになる。
敵から守るため郁己を蒼司のフェロモンが包み込む。その影響か、郁己からは先程よりも濃くて甘い
フェロモンが溢れ発情期が強制誘発される。
どぱっと溢れた郁己のソレは、蒼司の威嚇として彼を囲っているフェロモンがないと
βでも正気を失って襲いかかって来るほどだった。
「堺、養護の先生を誰でもいいから連れてきてくれ、あと、楪の鞄から緊急抑制剤を持ってきてほしい」
「っはーい…!」
バタバタと足音が遠ざかってゆき、残るは郁己と蒼司とαで番のいる先生だけ。
蒼司の威風堂々としているのにふんぞり返っている訳ではなく、気品と高雅を兼ね備えている
最上級のフェロモンは、彼より下の階級の先生には怖れる理由には十分な理由だ。
そのせいかそこから2人の方に近寄れない。
「常盤、先生は番がいるから大丈夫だから。楪を渡してくれないか?
そのまま意識が戻らなければ後遺症が残るかもしれない、先生は何も危害を与えないよ」
そう言ったって、蒼司の思い出にはいいことがなかった。
そのことも相まってか、Ratになりかけている彼にはそんな声はとどきやしない。
その間にも、郁己の容体は悪化してゆくばかり。先生の第二次性の階級は高くない上、蒼司の様子は
一触即発、これ以上どうしようもない。さっき飲んだ緊急抑制剤だって効くのには、あと10分以上かかる。
「はぁ~…、どうしろってんだよ…」
ぐったりとして、ピクリとも動かない郁己の肌は次第に青白くなっていく。
ガッチリと抱き込まれているのにどこか存在感がなく、目を離した瞬間に消えてしまいそうな彼に
意識が戻ってくれ、と願っても叶いやしない…