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萩原なちち
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「……ゆうたさんっておいくつなんですか?」
妙な沈黙を破って、しゅうとさんがぐいっと顔を寄せてきた。
うわ、近くで見ると本当に可愛い。小動物みたいだっていう、いつきさんの言葉がよく分かる。
「……にじゅう、」
「24!しゅうと同い年なんだよ」
「へぇ、じゃあ27と24かぁ。丁度いいなぁ。ミレイは若すぎたし」
僕が答えるより早く、いつきさんが口を開いた。
……え。僕、年齢なんて教えたっけ。それに、いつきさんが27歳だなんて初めて知った。
なんだろう、その絶妙な大人っぽさが、今はひどくエロくてそして遠く感じる。
それより……ミレイ、ちゃん。
やっぱり、またその名前が出てきた。しゅうとさんはその子のお兄さんで、いつきさんが「いいな」と思っていた相手。さっきの焦りようからすると、婿養子の話だって、あながち全部が嘘じゃない気がする。
なんとなく分かっていたけれど、こうして相関図が完成していくと、心臓を直接掴まれているみたいに苦しい。
僕の知らない、いつきさん。僕の手の届かない場所にいる、いつきさん。
27歳なんて、結婚適齢期じゃないか。今は若すぎると言われるミレイちゃんだって、あと数年もすれば立派な大人になる。その時を待てば、冗談だって冗談じゃなくなる。
「……僕は、いつきさんが仕事のことで何か悩んでいるのなら、できる範囲で助けられたらって思っていただけです。二人で飲みに行ったのも、そういう意味だったので。だから、丁度いいとか……そういう、すぐに恋愛みたいな結びつけ方はやめませんか?」
やばい。緊張で声が震えてしまう。
彼が店を覗いてくれたあの日から、僕の世界は確実に色づいた。今まで知らなかった、いろんな感情を教えてもらった。
ほんの数ヶ月の出来事だったけれど、本当に楽しかった。
きっともう二度と会えなくなるだろうけど。嫌な思い出で終わらせたくないから、最後くらい、綺麗に身を引かせてほしい。
「……あ、ごめんなさい。さっきまでのは冗談で! そういうノリの方が仲良くなれるかなって。それに、いっちゃん、女の子にしか興味ないから。ゆうたさんは心配しなくていいです。本当に、ただの冗談だから……!」
「どうしよう、怒らせちゃった」としゅうとさんがいつきさんに耳打ちしている。
……いつきさんの顔を見ることができない。
けれど、「女の子にしか興味がない」という言葉で、ようやく諦めがついた。
そうだ。やっぱり、あれは全部……僕の仕事への興味でしかなかったんだ。
「……あの、これ。ネットショップができたんです。お店にわざわざ来なくても、ボタン一つで家に届くので。……よかったら、どうぞ」
出来たばかりのフライヤーを、震える手で二人に手渡す。
「もうお店には来なくていいですよ」という、僕なりの、精一杯の「さようなら」だった。
これで、いい。
いつきさんがいなくなる。ただそれだけで、また元通りの生活に戻るだけだ。
僕の世界は、あの日以前のモノクロに戻るだけ。
「……また、LINEしてもいいですか?」
いつきさんの低い声が、静かな店内に響く。
「もちろん。これ、僕のプライベートと同じ連絡先なので。しゅうとさんも、何かあればこちらに連絡してください」
「あ……はい。ありがとうございます」
「じゃあ。お二人とも、お仕事頑張ってくださいね」
「はい。ゆうたさんも……頑張ってください」
「ありがとうございます」
今、僕はいつきさんに出会ってから一番いい笑顔ができていると思う。
きっと、彼らの姿が見えなくなったら、寂しくて悲しくて、涙が止まらなくなるから。
だから、今のうちに脳みそを切り替えなきゃ。
新しいデザインも、カラーの組み合わせも、やりたいことは山ほどある。脳内がお花畑のままじゃ、きっといいものなんて作れないんだ。
いつきさんはいつも、僕の姿が見えなくなるまで手を振ってくれる。
だけど、今日は違った。……僕から視線を外したんだ。
ほら、まただ。
恋をしたところで、叶うはずなんてない。
そんな当たり前なこと、ずっと分かっていたはずなのに。
僕はまた性懲りもなく、いつかどこかで恋をして、勝手に傷つくんだろうな。
「……さようなら、いつきさん」
遠ざかる背中に、届かない声で呟いた。
カシスオレンジの甘い香りも、小指に残った熱い感触も。
明日になれば、全部綺麗な思い出に……なってくれるだろうか。