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なにか役に立つものかもっ、と急いで壱花が広げた手の中に入っていたのは、食べ終えた牡蠣の殻だった。
役立たない~っ、と思ったそのとき。
なにを思ったか、倫太郎がその牡蠣の上に、ころん、と白くて丸いハッカ飴を置いた。
飛ぶ前に、
「オーナー、まだ僕を子ども扱いして。
たまに飴とかくれるんだよね」
と言いながら、高尾がみんなに配っていたハッカ飴だ。
その瞬間、ガラリと浴室の戸が開いた。
突然、倫太郎が、
「あったぞっ」
と叫ぶ。
「お前のために買ってやった真珠がっ」
と言ってハッカ飴をつまんだ。
えっ?
ちょっと大きすぎません?
っていうか、あなた、真珠、殻ごと養殖場から買ってきたんですか?
とは思ったが。
確かに、貝殻に白い丸いものがのっていれば、なんとなく、真珠のように思えてしまう。
絵本やイラストからついた真珠のイメージのせいだろう。
いやいや、それにしても、アコヤ貝にしては細長すぎですよ。
どう見ても、牡蠣なんですけどっ、と壱花が思ったとき、倫太郎が微妙に言い直してきた。
「お前のために買ってやった牡蠣から出てきた真珠がっ」
……いや、確かに牡蠣から出てくることもあるみたいなんですけど。
その言い方だと、買ってきたのは真珠じゃなくて、牡蠣、のように聞こえるんですが。
壱花は片膝ついた倫太郎から婚約指輪のように焼き牡蠣を捧げられるところを想像してみた。
「こんなところまで転がっていたとはなっ」
一体、何処から転がったんですか、焼き牡蠣の中の真珠。
デッキでやってるバーベキュー会場からですか、と思う壱花の、お玉を隠していない方の手首をつかみ、倫太郎は言う。
「もう二度となくさないでくれっ。
俺の……」
のあと、ものすごく言いたくないっ、という顔をしたあとで倫太郎は叫んだ。
「俺の愛のつまった真珠だっ」
冨樫が場を盛り上げ、ごまかすためにか、祝福の拍手をしはじめる。
その無表情で機械的な拍手につられ、入り口に立つ若い女性スタッフも拍手をしてくれた。
倫太郎は彼女を振り向いて言う。
「すみません、朝からお騒がせしてしまって。
昨夜からずっと探してたんです」
にこやかに頭を下げながら、倫太郎は壱花の手をつかみ、女湯を出る。
「いえいえ、お幸せに」
と微笑んだスタッフの人は、
……で、この人は誰?
という顔で、後をついて出ていく冨樫を見ていた。
きっとスタッフの人も早朝すぎて寝ぼけていたのだろう。
あの状況で突っ込んでこないとは……と思いながら、壱花は倫太郎を見上げた。
廊下まで出たところで、パッと手を離した倫太郎は睨むように壱花を見て言う。
「……愛はないからな」
いや、あるなんて思ってませんよ、と思いながら、レストランの前を通った壱花は、あ、と思い出す。
厨房を覗くと、案の定、若手スタッフが早起きして点検していた。
困ったようにあちこちガチャガチャやっている。
壱花は窓から中を覗きながら、ステンレスの扉を叩いた。
え? という感じで、そのスタッフの男性が出てくる。
「これ、落ちてましたよ」
と壱花が穴あきお玉を渡すと、
えっ? 何処にっ?
という顔をしながらも、
「あっ、ありがとうございますっ」
と彼は礼を言ってきた。
いっ、いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます。
すみませんっ、と苦笑いしながら、壱花たちはそこを出ようとした。
ふと気づき、壱花は誰もいないテーブル席を見る。