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空音
37
シュメール
604
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2,810
.:・.。. .。.:・
ガタンッ「ええ~~~~っっ!!うそでしょっ!」
思わずそう叫んで桜子は椅子から立ち上がって、目にしていたデスクトップから後ずさりして離れた、椅子の脚が畳に擦れる音が、静まり返った夜の部屋に思いのほか大きく響く
一階では両親がぐっすり眠っているはずだ・・・そう思って桜子は慌てて自分の口を両手で押さえた
深夜一時・・・桜子は自室で柚原希実の小説を読んでいた、そして最後のどんでん返しのシーンであまりにも驚いて、椅子から飛び上がってしまったのだ
ドキン・・・ドキン・・・「やられた・・・そうだったの・・・」
暫く言葉を失ったまま・・・驚愕にまだ心臓が高鳴る中、一度落ち着き払って、深呼吸し・・・もう一度しっかり認識したくて、話を遡った・・・すると今思えば、あそこにも、ここにも!伏線はあったのだ!いや!もしかしたら最初のオープニングから!!
清々しいまでに、まんまと騙された・・・希実の書いたワードの文章に向きなおる、モニターの光だけが散らかった机の上を青白く照らし、桜子の眼鏡のレンズにゆらゆらと映り込んでいた
希実の作品は巷であふれている「ざまぁもの」「ミステリー」のテンプレのどの枠にも当てはまらなかった、成り上がりでも、愛憎劇でも、スカッとものでもなかった、しかしねっとりといつまでも心に残るとはこのことだろうか・・・
そして読んでいるうちに実際にこの部屋に「結婚詐欺師」に騙された三人の女性が、今まさに桜子の後ろで座談会をしているような錯覚に陥った・・・かと思えば、様々なシーンが文章を通じて桜子の脳内に映画のワンシーンのように繰り広げられた
食べ物を食べているシーンではその匂いまで漂ってきそうで、まるでテレパシーのようにどんどん繰り広げられるのだ、さらにキャラクターが出てくる人物全員魅力的だった
それは文学界に少なからず片足を突っ込んでいる桜子にとって、まったく新しい何かであり、それを読む誰にとっても新しいものになるだろうと思った、そう・・・この物語は小説という枠を超えて、さまざまな媒体の【原作】に成り得るものだった
―これは・・・ドラマにしても面白いわ・・・映画にもなるだろうし・・・大人向けのアニメにも・・・ボイスドラマも出来るわね・・・―
スケールといい・・・衝撃といい・・・彗星のごとく現れた規格外の物語だった、添削をしようにも、誤字脱字はなかった、全く・・・これは作者の彼女が長い月日をかけて百回以上読み返しているということだ
桜子が長年小説教室の講師をしてきた数年の間に、才能の足りない講習生を大勢相手にしてきたが、彼らに足りないものは、もっぱら基礎的文章力だった
登場人物がどんな姿かたちをしているのか、また、相手役のヒーロー・ヒロインがどんな風貌なのか、ヒーローならば均整の取れた顔とはいったいどんな顔なのか、文章で読んでもまったく想像できないのだ
それもそのはず、普通に生きていてアイドルやホストに出会わない限り「イケメン=均整の取れた顔=ハンサム」にはそうそう出会えない、故に作家は皆想像上で書いている
登場人物を印象的にするにはディテールがひとつあればこと足りると思い込んでいる、そういう連中の選ぶ人物表現は例外なく陳腐でつまらないものだった「経験不足」は文章に透けて見える、そしてそんな文章は誰の心も動かさない、まさに桜子自身もこの「血の通ったキャラ」が書けない作家の一人だ
しかし希実の文章は違った、彼女はまさしくこの麗しい「結婚詐欺師」の美男子ヒーローを「実際」に目の前で見たのだ、その証拠にヒーローの人物像の表現一つとっても・・・桜子は初めて彼と出会ったシーンにカーソルを合わせた
『ニッコリ微笑んで、彼がカウンターに肘をつくと、頬についた美しい筋肉が一斉に連動して持ち上がった、そして目尻は下がり・・・私はこの顔をこれからずっと思い返すことになるのを悟った・・・』
この一節が桜子の脳にもその姿が魔法のように伝わり・・・この時点でヒーローの魅力と人生に十分惹きつけられた、さらに彼に「手相を見てあげる」と主人公が手を握られるシーンでは
『彼に手を強く握られ、一番近いカウンターのライトの光に照らされる、私は鼓動がドキドキするのを感じた、彼にこうして手のひらを読まれていると、まるで本当に自分の心を見透かされているようで落ち着かなくなった』
とある・・・読んでいる桜子も思わず隣に座る素敵な彼に、あたかも自分の手を握られているような錯覚に陥り、心がときめいてしまった・・・そして主人公にシンクロして、次々とページをめくってしまうのだった
さらに彼女が紡ぐストーリーはキャラブレ起こしなどなく一貫性を貫いていた、文章が重苦しくなったり、会話がとりとめもないとか、読み進めても余計な説明が多く「だから何なんだ?」と思わせる所が少しもなかった
―う~ん・・・今の所、どこも赤ペンを入れる箇所が見つからない―
そこで桜子はひとまず添削を置いて、一読者として通しで読んでみることにした、椅子に深く座り直し、カップに残っていたぬるいお茶を一口含んでから、再び画面に目を落とす、そして最後の「どんでん返し」で思いもよらないストーリーにぶち当たった今、夜中だというのに叫び声をあげてしまったのだ
そして読み終わった暁には、素晴らしいアーティストのコンサートで「まだ終わりたくない」とアンコールをねだるように、余韻に浸りたくて、思わず「あとがき」などないかと探してしまった
希実は何ともリアリティ豊かな文章力で非現実を書いていた、読者を喜ばせるのが好きで、そして彼女はまぎれもなく、桜子の教室でもめったにお目にかかれない「言葉の神様」と良い関係を結んでいる最高の「書き手」だった
コメント
2件
希実ちゃん、自惚れじゃなくホンモノだったとは🤩
わあ、すごい…! 読んでるこっちまで鳥肌が立ちました。主人公・桜子が「言葉の神様」に出会った衝撃が、私にもひしひしと伝わってきました。特に「目尻が下がる筋肉」の描写とか、あれだけで一瞬でヒーローの顔が浮かんだんですよね。説明過多じゃなく、読者に想像させる表現って本当に難しいのに、見事にハマってる。それにしても、このエピソード自体が「小説の構造をメタ的に語る」形式になっていて、その構成の巧みさにむしろ惹かれました。星キラリさんの手腕が光ってますね。続きが読みたいです!