「リュシオル!」
「エトワール」
次の日、リュシオルが目覚めたと聞いて、私は飛んで起きて彼女の寝ていた部屋に向かった。聖女が裸足で皇宮の廊下を走っているので、そこで働いている人達に奇妙な目を向けられたがそんなこと気にならないぐらいに、私はリュシオルが目覚めた、と言う事実だけで満たされていた。良かった目が覚めて。と扉を開ければ、リュシオルは困ったような、驚いたような目で私を見ていた。
後々気がついたが、まだパジャマだったのだ。といっても、上下が分れているものじゃなくて、寝るときようのドレスみたいな。未だよく分かっていないけれど。
「リュシオル、本当に生きてる、リュシオルぅ……」
「はいはい。生きてるわよ。勝手に殺さないで」
と、抱き付いた私を、まだ病み上がりだというのに優しく撫でてくれて、彼女の温もりを再度認識できて、私は胸をなで下ろした。ついこの間までは氷のように冷たくなっていたから、本当に死んでしまうのではないかと不安でいっぱいだったのだ。
だが、今、仕方ないなあ……なんて、いつもの頼りになるいい女感が出ているリュシオルを見ていると、本当に助かったんだと不安が霧散した。
「だって、だって、うぅ……リュシオル」
「取り敢えず泣き止んで? 私が泣かせたみたいじゃない」
「そう、リュシオルが泣かせた」
そういうと、リュシオルはムスッとした顔で私を睨んだ。本当に、死にかけていた人とは思えない覇気に、私は萎縮する。
もう本当に大丈夫そうだ。
私は、呼吸を整えて、シワになってしまったドレスを伸した。後で何か言われそうだが、今は考えないようにしておこう。
あの後、ブライトは用事があるのでと言って「また来る」ことを約束してブリリアント家に戻って行った。アルベドは帰るのを渋っていたが、リースが早くかえれみたいに追い出すものだから、少し怒って転移魔法を使い帰ってしまった。
相変わらず、闇魔法の転移魔法は使い勝手がいいと思った。光魔法はかなり魔力を取られるが、闇魔法はさほどあれだから。まあ、根本的に、他人を助けるための魔法が光魔法で、他人を利用する魔法が闇魔法だから仕方がない。これは、変わらぬ事実だし。
そんなことを思い出しつつ、もう一度リュシオルを見た。少しやつれている感はあるけれど、すっかり良くなっており、肌の色も明るくなっていた。
「何よ。じっと見つめて」
「ううん、本当に良かったと思って」
そういえば、リュシオルはそうね。といって何処か遠くを見ていた。
どうしたのかと私派が顔をのぞき込めば、リュシオルは首を横に振った。
「大変な思いさせちゃったわね。危険な目にも遭ったみたいだし」
「ううん、ううん……リュシオルが助けてくれたから。あの時咄嗟に庇ってくれなかったら私の方が死んでいただろうし……本当に無茶する」
「無茶って、貴方の方が」
「だって、同人誌を落としたからって真冬の川に飛び込むのとは訳が違うじゃん」
「まだ、それネタにしてるの?」
リュシオルの前世の死因に触れれば、リュシオルは言わないでとでも言うように身を乗り出した。
あの時、目の前で死んだ訳じゃなかったし、ライブのチケットを破られたことで頭一杯になっていたから、リュシオルが蛍が死んだ。というのをはっきり認識できていなかったのかも知れない。
え? 死んだの? と、阿呆みたいな顔して、何も理解できていないと流れるまま、蛍の葬式に参列して。それから何をしたかも覚えていない。あの時は、ショックというかただ驚きしかなくて。
でも今回は違った。
はっきりと目の前で、私を庇ってナイフで刺されたリュシオルが。本当に死んでしまうのではないかと思ってしまったのだ。だから、どれだけ危険にさらされてもいいからリュシオルは助けようと思った。一人にもなりたくないし。
「まあ、いいわ……昔のことだし」
「怒らないの?」
「怒りたいけど、もっと怒りたいのは北の洞くつに二人で行ったこと。本当に正気? って思ったわ」
生きて帰ってきてくれたから良かったけど。とぼそりと呟いたリュシオルは私の方を見た。怒っていないと言いつつも、怒りが見え隠れしているようなその目を見ていると何も言えない。言ったら言い訳しないって怒られそうだったから。
それはいいとしても、リュシオルも北の洞くつについて知っているんだと、私は自分の無知さに腹が立ってしまった。危ないって言われたけど……いや、確かに危なかったんだろうけど、クエストとでた時点でどうにかなるんじゃないかとも思ってしまった。
「まあ、生きていてくれるならそれでいいわ」
「私が死んだら、リュシオルは悲しいの?」
「当たり前でしょ。貴方は大切な友達なんだから」
「……そっか」
私はその言葉を聞いて、胸が温かくなった。
私のたった一人の友達だから。同性の。
リースとアルベドがそうかと言われたら、まあ名目上は……友達と言うことにしているけれど、リースの方は不満があるようだし、アルベドもよく分からない。だから、前世から今世まで友達と言えばリュシオルしかいないのだ。
私もリュシオルがいなくなったら悲しいし。
「それはそうと、魔力の暴走? 大丈夫だったの?」
「え、ああ……多分」
「多分って曖昧ね。ブライト様から聞いたけど、私が刺された後その、魔力が暴走したらしいじゃない。負の感情ではない魔力の暴走は珍しいって言っていたから、凄く心配で」
「ま、まあ何とかなったし!」
私は慌てて誤魔化すと、じっとリュシオルは私を見てきた。
どうも疑っているようだった。
魔力が暴走したのは事実だし、感情がぐちゃぐちゃになって魔力が制御出来なくなったのも事実だった。あの感覚は今でも恐ろしい。闇や負の感情に飲まれるときよりも、何というか強大な力を感じた。自分の中に眠っている何かに身体を乗っ取られるような感覚。
前に、エトワールの容姿は女神に似ていると言われたから、もしかしたらその女神の力が覚醒したのかも知れない。私としては聖女の力だと思っているし、思いたいけれど。
エトワールの力が何かやくに立つかも知れない。けれど、それを制御出来ないようじゃただの暴力だ。
「……強くなりたい」
「え?」
「ブライトにも頼んだんだけど、私強くなりたいの。トワイライトもいなくなっちゃったし、リースやルクスみたいな事があったら嫌だ。これからどんどん戦いが激戦かしていくなら、私が戦えないと」
「落ち着いて、エトワール」
そう言われて私は一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
あの力を制御出来さえすれば、もっと戦いが楽になるはずだと。
本当は戦いたくもないし、人前に立ちたくも目立ちたくもない。けれど、トワイライトのことが心配なのだ。
(何でだろう。ただのヒロインっていう感じじゃなくて、私にとって大きな存在なような気がする)
出会って数週間ぐらいだったか、一ヶ月だったか。正確な日付は覚えていないけれど、でも何となく感じるのだ。トワイライトが私にとって大きな大切な存在であること。
そんな風に俯いていると、リュシオルは口を開いた。
「本当は嫌よ」
「え?」
「エトワールには戦って欲しくない。勿論、そうしないといけないって言うのも分かっているし、そうしろって言われるだろうけど、貴方に無理をして欲しくない」
と、心からそう思っているとでも言わんばかりにリュシオルは私を見つめてきた。彼女の言いたいことは分かるし、私も同じ気持ちだ。
でも――――
「大丈夫」
私はリュシオルの手を握った。リュシオルは顔を上げて、私を見た。
「絶対に死なないし、私は私の役割を全うする。だから、応援して」
「エトワール……貴方、強くなったわね」
「何かまえにも言われた気がする」
二人で見つめ合って笑えば、リュシオルは「そうね、応援する」と私を後押ししてくれた。
そうして、少しこれまであったことを整理した後、ブライトとの約束を思い出し、取り敢えずは着替えて神殿に向かうことにした。
聖女殿はまだ入れないようで、魔道士や建築士達が仕事をしているようだった。邪魔にならないようにとスッと神殿に向かい、私は女神の庭園の前まで来た。ここで待ち合わせだったが、先に入っても良いような気がして、私は大きな石の扉を開ける。
ふわりとこちらに風が吹き込んで、花の匂いが広がる。そうして、目を開けたとき、私は見慣れた蜂蜜色の髪を持つ美しい少女の姿を捉えた。
「トワイライト?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!