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「人間の負の感情を餌にしその力を拡大する人ならざるもの……混沌です」
ブライトの衝撃の言葉に、全員が息をのんだ。
そうして、暫くの沈黙の後、アルバがその空気を断ち切るように言葉を発する。
「ブリリアント卿、混沌とはあの混沌のことなのですよね。そのようなものが、どうして殿下に……それだけじゃない、どうして混沌がこんな所に」
「災厄が近付いているのは、ご存じかと思いますが、災厄が近付いていると言うことは既に混沌がこの世に生まれ落ちていると言うことです」
「……それは、分かっているのですが」
と、アルバは言いよどむ。
前に説明してもらったように、混沌は本来姿形のない霧のようなものなのだがその大きさは人の負の感情が溢れれば溢れるほど大きくなり、その力を増していく。そのため、対となる善の存在である女神が戦い、混沌を封印したことにより、混沌は周期的に人間の身体に転生しこの世に生まれ落ちるのだ。そうして、混沌が生まれ落ちたことによって、災厄というものが引き起こされる。
聖女が召喚できるようになる一つのポイントが、その混沌がこの世に産み落とされると言うことだ。
本来の力を混沌は使えないが、宿主を見つけその人の負の感情を暴走させることによって災厄を促進、起こさせる。つまり、ブライトはリースがその宿主に選ばれたのだと言いたいのだろうか。
すごく怖くなって聞けばブライトは首を横に振った。でも全てを否定したわけではなかった。
「今回の場合、まだ完全には取り込まれていません。リース殿下の意思を感じられますし、感情をただたんに暴走させられているだけかと。しかし、危険な事には変わりませんし、このままの状況が続けば、リース殿下の命も」
そうブライトが言い終わるのと同時に、私の喉はヒュッと鳴った。
リースの命が。その単語を聞いただけで、また胸が一杯になって苦しくなった。
私の様子に気付いたリュシオルがそっと手を握ってくれた。その温かさで少し落ち着きを取り戻し、ありがとうとお礼を言うとリュシオルは気にしないでと微笑んでくれる。
リュシオルの手は小さくて柔らかく、とても温かい。その手に私は勇気づけられた気がした。ブライトはあくまで可能性と、未来の話をしているのだ。今すぐになる訳ではない。だが、リースの命が危険な事には変わりはないわけで、落ち着かなかった。
「殿下を止めない限りこの夜と雨は終わらないでしょう」
ブライトはそう静かに言うと目を伏せた。
こういうとき、いつもなら全く理解できないはずなのに、何故だか今日は妙に頭だけは冴えていた。ブライトの言う言葉が全てそのまま綺麗に入ってくるように。
雨が降り出したとき感じた嫌な予感、そうしてリースから発せられる負の感情。混沌、全てが繋がるような気がした。
「いかせて」
「え?」
「ブライト、私を皇宮に連れいって、いかせて。リースを、殿下を助けにいかせて」
「え、エトワール様」
私は立ち上がってブライトに詰め寄りそう頼むよう必死にいったが、彼は目を丸くし、落ち着いてとでも言わんばかりに私を見てきた。
私じゃ力不足なのかという意を込めて睨むと、ブライトは慌てて違うと言った。
そうして、私と視線を合わせると真剣な表情を浮かべる。普段の穏やかな雰囲気とは違い、少し怖いと感じてしまう。
「もし、混沌の狙いがリース殿下ではなくエトワール様だったとしたら、いかせられるわけがありません。それに、そんな危険な場所に行かせることも、リース殿下が何に対して感情を暴走させているのかも分からない状況では」
「じゃあ、このまま待てって言うの? どうせ、殿下を止めなきゃこの雨も夜も明けないわけでしょ。だったら、ここでうじうじしてるより、皇宮に乗り込んだ方が」
それに。と私は言いかけて口を閉じる。
リースが感情的になると言えば、きっと私のことだろう。自惚れとか、勘違いとかそう言うのじゃなくて、何となく。この雨も彼から感じた殺気や欲望も私に向けられているような気がしたから。
ブライトは真剣に言う私の言葉を受けて、考えるような素振りをした。
そもそもに、リースは今現在混沌と一緒にいるのだろうか。それに、混沌の狙いが私とはどういうことなのだろうか。と疑問が浮かんでくる。私もブライトとは違うが考え込んでいると、アルバが立ち上がって言う。
「私も、ブリリアント卿に同意です。そんな混沌が絡んでいる危険な場所にエトワール様を行かせられません」
「アルバ……」
「護衛として、貴方を守る義務があります。それに、貴方に傷ついて欲しくない。辛い思いをして欲しくないのです」
と、アルバは私の手を取り言った。
彼女の瞳は真っ直ぐに私を捉えていて、その目は心配だと雄弁に語っていた。
アルバは私の手を握りしめたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その言葉は私を思ってのことなのは分かるが、どうしても私の心には届かない。
だって、助けにいかない方が辛いから。
「ごめんね、アルバ。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、これはきっとリース殿下と私の問題だから」
「エトワール様」
「だから、ブライト私をリース殿下の元に連れて行って」
私が再度そうお願いすると、ブライトはアメジストの瞳を大きく見開いた後何かをぼそりと呟いた。だが、それを聞き取ることはできず、私は首を傾げる。
皆が心配して、不安な状況だというのは分かっている。でも、だからこそ私はこの状況をなんとかするために動きたいと思ったのだ。
リースとちゃんと合って話したいと思ったのも事実だし、まあ話せる状況ではないのかも知れないけれど。
私はブライトや周りの反応を見つつ、一人黙って事の成り行きを見守っているリュシオルに声をかけた。彼女は、酷く落ち着いており、全てを悟ったような表情をしていた。
「リュシオルは、止めないんだね」
「ええ、止めても意味がないと思っているもの。それに、危ないっていってもいきたいんでしょ?」
と、リュシオルはやれやれと言った感じに微笑んでいた。
リュシオルも私も、エトワールストーリーがこんなのだって知らなかった。でも、この状況を何とかできるのは、誰でもないトワイライトでもない私だと思った。これが、エトワールストーリーのシナリオであれば。
そうでなくとも、リースが、遥輝が混沌に感情を暴走させられているとしたら止めるのは私だろう。
私の心は焦っているのに冷静という可笑しい状況だった。怖いし、逃げ出したいし、今でもいまいち状況が理解できなかった。でも、立ち上がらないといけない気がしたのだ。
「リュシオルは……」
私はそう口を開いて閉じた。
そうして、暫くすると天幕の中にお姉様。と私を呼びながら少し濡れた蜂蜜色の髪を揺らしながら私の方に駆けてきたトワイライトが先ほどの話を聞いてか、行かないで下さい。私が行きますから。と泣きそうな顔をしながら訴えてきた。
彼女の目元は赤く腫れてしまっていて、ずっと泣いていたのだろうと容易に想像ができた。きっと、私のことを想って泣いてくれていたのだろうと思うと、胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛くなる。優しいと思うし、その涙は小さな子供が親にせがむようなものにも見えて私は彼女の頭を撫でてあげた。
彼女は私達がここで話している間、貴族達の為に天幕を魔法で張っていた。そうして、戻ってきて私が行くなど本当にいい子だと思う。さすがはヒロインだと。
そう彼女を見ていると、濡れた濡れたと紅蓮の髪から水が滴り落ち、服が濡れてしまったと寒そうに入ってきたアルベドと目が合う。
「エトワール、大丈夫か?」
「まず、トワイライトの心配してあげなよ」
何故だか、入ってきてすぐに私の心配をしたアルベドに何で? と思いつつ、睨み付けてやれば彼も彼で何故? といった感じに私を見た。
彼も攻略キャラなのに、トワイライトに興味がないのかと思ってしまう。この期に及んで、私は此の世界が矢っ張りゲームと言うことを捨てきれず、攻略キャラとして見てしまっているのだ。ゲームであるのに現実で、今まさに命の危険が迫っているというのに。
そんな風に考えて、私はため息をついた。
私が、何故そのゲーム感覚を捨てきれていないのかといえば、私の目の前に表示されているクエストのウィンドウが絶えず、早く選択するようせがんできているからだ。
(このクエストには、一人の攻略キャラを連れて行くことができますって……ほんと、ゲーム)
ウィンドウには【緊急クエスト:強欲の皇太子リース・グリューエン】、クエストには攻略キャラ一人を連れて行くことができます。誰を連れて行きますか? と表示されていた。そうして、そこにはアルベド、ブライト、グランツ、ルクス、ルフレと順に名前が書いてあり、一人を選択できるようだった。このクエストの報酬はかいておらず、連れて行った攻略キャラの好感度が上がるとも描いていなかった。ただ、一人ではどうにもできないクエストらしい。
私は名前を順に追いながら、取り敢えず双子の名前だけは頭から消した。あの二人はそもそもに好感度が低ければ話が通じない。その上、子供だ。この関係無い事件に巻き込むのも苦しい。となると、三人か。と、私はちらりとブライトとアルベドを見た。後から静かに帰ってきたグランツを合わせて三人、この中からリースを助けるために必要な攻略キャラを選ばなければならない。
何故、攻略キャラを助けるために攻略キャラの力が必要なのかは理解できなかったが、あまり反れた行動は取れない。
(……でも、このメンバーリストを見て、私はすぐ誰を連れて行くか決まった。彼しかいない)
私はそう思って、口を開き、指を指した。
「リースを助けるために、力を貸して」