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「リースを助けるために、力を貸して。アルベド」
紅蓮の綺麗な髪を持つ彼を、私は真っ直ぐと指さした。
天幕にいた全員の視線が彼、アルベドに向けられ、皆どうして彼が? と言った様子に、アルベドを見ていた。その本人であるアルベドも、何故自分なんだとなんとも言えない、少し間抜けな顔をしていた。
「は? エトワール何言ってんだよ」
「だから、アルベド、アンタを選んだの」
「いや、それは聞いた……」
「ならいいじゃない」
「よくねえよ!」
と、アルベドは吠える。至近距離で大きな声を出されて、私は咄嗟に耳を塞いだが、彼は呆れたとでも言うように頭をかいていた。
勘の良い彼なら、私達がどんな会話をしていたか知っているだろうし、知らずに私の誘いを断っているわけではないだろう。彼も、事の重大さを知っているだろうし。
アルベドと私へ向けられる視線は想像以上に冷ややかなものだった。とくに、後ろから刺さった翡翠の瞳は。
(ここに来て、一言も喋っていないのに、こういう時だけそういう目で見るんだ)
私はちらりと、後ろに立っていたグランツの方を見た。少し長くなった前髪のせいか彼の顔ははっきりとは見え無かったが、私を見る目つきがとても悪い。最も言えば、きっとそれは選ばれたアルベドに向けられた嫉妬の目なのだろうが。
「話、聞いてたんじゃないの?」
「聞いてたけどよ……」
「何が不満なの」
そう私が強く言えば、アルベドは困ったように目を逸らした。そして、小さく溜息をつくと、天幕の外を見た。先ほどより闇が深くなっている外は、冷たい豪雨の音だけが響いていた。まるで、泣き叫んでいるような嵐は見ていて酷く胸が痛んだ。
「リース殿下の命が危険なの。それに、この夜も終わらない、彼を助けなきゃ帝国ごと滅んじゃう」
「理解してる」
「なら、なんで協力してくれないの!」
「じゃあ、なんでお前はそこまで皇太子殿下に固執するんだ?」
と、質問を質問で返され、それも返答に困るものだったので、私は開いた口がふさがらなくなった。
アルベドの黄金の瞳は私を捉えて離さなかった。早く言えと、急かすように。
(固執? 私はそんなんじゃない。そんな風に思ってない。それに、それがアルベドと何の関係があるの?)
そう思いつつ、私は彼の応答も聞かずウィンドウのアルベドの名前を選択した。YESとNOの選択肢が現われ、私は迷わずYESを押す。システムの力には抗えないだろうと、私は少し気が強くなったが、彼はそれでも納得しないといった顔を私に向けていた。
「それが、アルベドと何の関係があるの」
「いや、ただ聞いてみただけだ。お前が、帝国が滅びるだの皇太子が死ぬだの心にもないことを言っているように見えたからな」
「皇太子が死ぬって、そんな簡単に……!」
「実際そうだろ」
そう、冷たくいってアルベドは私から目をそらした。
確かに、彼の言う通りかもしれない。私が、本当は帝国が滅びるから助けたいとか、帝国の皇太子が死ぬのを見たくないから助けたいとか、微塵も思っていなかった。
ただ、リースの中身が遥輝だから。
もし、本当にシステムが全て上手くやってくれて、それこそ絶対クリアできるクエストであって、リースの中身が私の大好きな推しであれば……いいや、もし中身が推しであるリース様だったらそもそもこんなことにはなっていないだろう。
遥輝だから。
その一言で、何故だか私は動こうと思った。
何て理由は、アルベドや此の世界の人達には言えないけれど。
「私が、リース殿下とどんな関係だってアンタには関係無い。でも、リース殿下を助けるためには、アンタの力が必要なの」
そう言って私は彼に手を差し伸べた。
理由はちゃんとあるのだ。それに、彼が一番信用出来るから。
そんな風に、アルベドの返事を待っていると「待って下さい」と横からアルバが割り込んできた。
「エトワール様、何故彼なのですか!?」
「アルバ」
「確かに、レイ卿は強いですし頼りになると思います。ですが、私は、私は貴方の騎士なのです。貴方の命を守るのも、護衛をするのも私の役目なのです。私じゃ、ダメなのですか」
と、アルバは涙を浮かべながら私に訴えた。
私の護衛になってから彼女は、私の為に誠心誠意尽くしてくれた。彼女のことは信用しているし、今回の場合でも、信用していないから選ばなかったわけじゃない。ただ、言い訳になるかも知れないが、これはクエストなのだ。だから、彼女は連れて行けない。それに――――
「アルバの気持ちはすっごく分かるし、私のこと本当に大切に守りたい人だって言ってくれるのも分かる。でも、今私に必要なのは、殿下を助けるために必要なのは私に絶対的信頼を置いて大切に守ってくれる人じゃなくて、私が何をしてもカバーしてくれるパートナーなの」
私がそう宥めるように言えば、アルバは「そ、それって」と何か勘違いしたように顔を赤らめた。わなわなと、泣きそうで、私は何か可笑しなことを言ったのかと思い、自分の言葉を思い返してみれば、確かにいったと慌てて手と首を横に振った。
「ええええええ、ええっと、ちがくて、ちがくてね! その、恋愛的な意味じゃなくて、そのパートナー、相棒みたいな、バディ!」
私は、慌てて訂正しそれでも、アルバの表情は変わらなかったので、今度はもっと詳しく説明しようとしたところで、ふわりと体が浮いた。そして、気が付けば目の前に黄金色の瞳があって、抱きしめられているんだと理解するまで時間が掛かった。
それは、いつもの優しい抱擁ではなく、強く苦しいくらいのもので。
「ちょちょちょ、何すんのよ! 下ろして!」
「いや~エトワールがそんなこと思ってたなんてな」
「だから、違うっていってるでしょ。あーあーアンタのせいで誤解される!」
「俺がお前を守ってやる」
と、耳元で囁かれれば、ぞくりと背中が震えた。まるで、愛の告白のようなそれに、私は顔が熱くなるのを感じた。
本当にこれでは、先ほどの言葉が告白になってしまうと必死の抵抗をしながら私はアルベドに訴えかけた。周りから見れば痴話げんかだし、アルバは不敬です。下ろしなさい! と言う始末で、私は恥ずかしくて穴に入りたくなった。でも、本当にパートナーとしてアルベドを選んだのは事実だった。
アルベドは、ひとしきり笑ってから私を下ろし、ワシャワシャと私の髪を撫でた。
「もう、アンタほんと状況分かってんの!? 冗談言ってる場合じゃないのよ! 馬鹿!」
「はいはい、分かったって。それより、さっきの話」
「何よ。いっとくけど、本当に恋愛感情とか、恋愛対照的な意味じゃないから」
分かってる、何てアルベドはぴしゃりと言うと真剣な表情になり、その黄金の瞳を細める。
「俺はお前を裏切らない。約束する。だから、俺を連れて行け」
「…………はぁ」
やっとその気になってくれたのかと、私は内心胸をなで下ろす。もし、これでいやなんて言われてしまったらどうしようと思ったけれど、まあアルベドを選択したわけだし、最悪のことにはならないだろうけど。と、私はアルベドと私の会話を聞いていた皆に視線を徐々に移す。
アルバは諦めたように、それでもちょっと頬を膨らましていたし、ブライトは目を丸くしていて何も言えないみたいな状況だったし、リュシオルはやれやれ、ニマニマとした表情をしていたし。問題は二人。
「お姉様、本気ですか?」
「何が?」
「で、ですから、その殿下を助けにいくって言うのは……それは私の役目なのでは――――」
「ううん。これは、さっきも言ったけど私がやらなきゃ。それに、トワイライトはここまでよく頑張ってくれたじゃない」
心配そうに、私が行かなきゃという強迫観念にでも襲われているようなトワイライトが目をぐるぐると渦巻かせながら私にいってきた。そんな彼女の頭を撫でながら、私は大丈夫だからと、彼女を抱きしめてあげる。
「トワイライトは、貴族達の為に天幕を張ってくれたし、ここ数日色々あったじゃん。でも、それを全部頑張って乗り切ったし、私のことも大変だろうに心配してくれて、気遣ってくれて。だから、今度は私が頑張らなきゃ。私も聖女だよ? 仕事は分担しなきゃ」
「お姉様……」
「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」
本当の姉妹のように私は、姉から妹にかけるような言葉を彼女にかけ、ぎゅっと抱きしめる。すると、少し落ち着いたようで、彼女は小さく私の名前を呟いた。
そして、最後に残ったのは――
「それで、アンタは何か言いたいの? グランツ」
翡翠の冷たい瞳を向け続ける彼に、私は彼と同じく冷たく問うた。