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「……愛加先輩、今の顔、最高に傑作でしたよ」
放課後。部活の準備のために部室棟の廊下を歩いていると、背後から低くて、少し鼻にかかったような声が降ってきた。
振り返るまでもなく、角名くんだ。彼は音もなく背後に忍び寄るのが、この上なく上手い。
「……角名くん。びっくりさせないでって、いつも言ってるでしょ。あと、授業中にスマホ出すのは校則違反だよ」
profile
岡本 愛加 「おかもと あいか」
3年生
角名 倫太郎 「すな りんたろう」
2年生
スナギツネの、甘い罠_。Start
稲荷崎高校の午後は、どこか気だるい熱を帯びている。
三限目のチャイムが鳴る頃、私は三年生の教室から中庭を見下ろしていた。そこには、体育の授業か何かだろうか、バレー部の二年生たちが集まっているのが見える。
「……あ、角名くんだ」
ひときわ背が高く、どこか猫背気味に歩く影。
二年生の角名倫太郎。私の一個下の後輩であり、バレー部のミドルブロッカー。そして、私、岡本愛加を「先輩」と呼びながら、ちっとも敬ってくれない生意気な後輩だ。
彼は大きな欠伸をひとつすると、ふい、と視線を上げた。
三階の窓際にいる私と、一瞬だけ目が合った気がした。彼は不敵に口角を上げると、ポケットからスマホを取り出し、こちらに向けてレンズを向ける仕草をした。
(……また撮ってる)
私は慌ててカーテンを閉めた。
心臓がドクン、と跳ねる。
あの子はいつもそうだ。隙あらば私の「マヌケな顔」や「慌てた様子」をスマホに収めては、ニヤニヤしながら見せてくる。
「……愛加先輩、今の顔、最高に傑作でしたよ」
放課後。部活の準備のために部室棟の廊下を歩いていると、背後から低くて、少し鼻にかかったような声が降ってきた。
振り返るまでもなく、角名くんだ。彼は音もなく背後に忍び寄るのが、この上なく上手い。
「……角名くん。びっくりさせないでって、いつも言ってるでしょ。あと、授業中にスマホ出すのは校則違反だよ」
「やだ。先輩が窓際で黄昏れてるのがエモかったから、つい。……あ、これ。三組の奴らに見せたら『愛加先輩、天使かよ』って拝んでましたよ」
「……っ、勝手に見せないでよ!」
私が手を伸ばしてスマホを奪おうとすると、彼はひょい、と腕を高く上げた。
身長差。
私がどれだけ背伸びをしても、彼の長い腕の先には届かない。
「……返してほしければ、放課後、俺の自主練に付き合って。……二人きりで」
角名くんはスマホをポケットにしまい、私の顔をじっと覗き込んできた。
スナギツネのような細い目。
いつもは冷めているはずのその瞳が、至近距離で見ると、驚くほど深い色をしていて、私は思わず息を呑む。
「……自主練って、私に何ができるの。北さんに怒られるよ」
「……北さんは今、双子を叱りに行ってるから来ない。……それに、俺、先輩が他の男と話してるの見るの、死ぬほど効率悪いと思ってて」
角名くんは、私の手首を掴んで、そのままグイッと自分の方へ引き寄せた。
背中が冷たい壁に押し付けられる。
部室棟の隅。
誰もいない廊下で、彼の大きな体温が、私のパーソナルスペースを容赦なく侵食してくる。
「……さっき、他校の奴に連絡先聞かれてたでしょ。……なんでニコニコしてんの。断ればいいのに」
「えっ……あれは、その、失礼のないように……」
「……それがダメ。……先輩は、俺のカメラの中にだけいればいいのに。……無自覚に振り回すの、いい加減にして」
角名くんの指先が、私の頬を、熱を帯びたままゆっくりとなぞった。
バレーボールを扱う、繊細で冷徹な指。
でも、そこから伝わってくるのは、彼が隠しきれていない、剥き出しの執着だった。
「……先輩。……明日から、俺以外の男と話す時は、俺の許可得て。……分かった?」
「……角名、くん……?」
「……返事は? ……言わないと、あの『天使な写真』、部活のグループラインに流しちゃうよ?」
意地悪く笑う、後輩の顔。
でも、私を掴む手はわずかに震えていて、彼なりの「余裕のなさ」が、レンズ越しではない本音として、私の中に流れ込んできた。
生意気な後輩による、逃げ場のない独占。
私の、新しい「低体温な執着」の日々が、今、静かに幕を開けた。