――4年後
今日は東京国際フォーラムに行くために、朝早くから準備をしていた。にも関わらず、マナがいつものようにモタついていたのでイベント終了の13時に間に合うか微妙だった。イベント自体はファッションショーだったので、最悪見られなくても問題ないけど、ある人物にお祝いと挨拶を兼ねて是非にでも会いたかった。だから、その人物が会場を後にする前までに行かなくてはならない。
「まだかよ?」
「待ってよ。圭ちゃんは男だからいいけど、女性はお化粧とか洋服選びとか色々と大変なの。暇なら桃ちゃんをお庭で遊ばせていてよ」
「わかったから、早くしろって! 本当に間に合わなくなるからな!」
「わかってるよぉ。もぉ~急かさないでよ!」
相変わらず、のろまというかマイペースだった。ちなみに“桃ちゃん”とは俺とマナの娘で名前は桃花、3才だ。そして今、マナのお腹の中には来年の2月が出産予定日になっている2人目の子がいる。こうしてマナが母親をやれているなんて、信じられないと思うかもしれないけど、何気にそつなくやれていた。意外に子育てに向いているのかもしれない。
「圭ちゃん、お待たせぇ」
外で桃花と遊んでいると、ようやく身支度を済ませたマナがやって来た。
「遅いんだよ! 本当に間に合わなくなるからな!」
「大丈夫、大丈夫!」
「はぁ――」
それから最寄りの駅まで車で行き、電車を乗り継いで目的の場所に向かった。駅を出て直ぐにイベント会場が見えてきた。でも、とっくのとうにイベント終了の時刻は過ぎていた。
「桃ちゃん、走らないの」
抱っこしていた桃花を地面におろすと、ものすごい勢いで走り出した。マナが慌てて桃花の手を掴んだものの、桃花はマナの手を引っ張り、行き交う人を掻き分けながら前へ前へと進んで行ってしまった。
「圭太――」
「えっ!?」
その後ろ姿を微笑ましく見ながら歩いていると、すれ違いざまに声をかけられた。
「元気?」
「ゆっ、ゆずき――」
スーツ姿のゆずきは見たこともないくらい大人っぽくキレイな女性になっていた。
「幸せそうだね」
ゆずきはマナと桃花に向かって顎をしゃくると、ニッコリ笑ってそう言った。
「ゆずきのおかげだよ」
「私は何もしてない」
「ゆずきが外国に行かなかったら、今頃俺はゆずきと結婚しっ――」
「あのまま付き合っていても別れていたと思う」
「そんなことない。俺は本気でゆずきが好きだった」
「―――――。こっ、この話はもうおしまい!」
「それより今どこに住んでんだよ?」
「教える訳ないでしょ! これでも私、今じゃファッション界では有名人なんだからね」
「知ってるよ。だから今日、こうしてゆずきのイベントに来てるんじゃないか。まぁ、マナがモタモタして間に合わなかったけどな」
「わざわざ来てくれてありがとう。それにしてもマナは相変わらずみたいだね」
「あぁ、昔と何も変わってないよ」
「圭太も昔のままだよ。私が大好きだったあの頃と――」
「ゆずき――結婚は?」
「してない。恋人もいない。ずっと独り身だよ」
「ゆずき――」
「べっ、別に圭太のことが忘れられなくて1人でいる訳じゃないからね。勘違いしないでよね」
「―――――」
俺は何も言わずに、ただゆずきの顔を見つめていた。
「圭太、私ね――――」
「―――――」
「もっ、もう行くね」
「また会えるよな」
「わかんない。会えるかもしれないし、2度と会えないかもしれない。でも、先のことなんかわからない方が楽しいじゃない」
ゆずきは首を傾げたあと、俺に向かって微笑んだ。
「じゃあね」
「じゃあ――」
俺は後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、一歩を踏み出した。
「圭太っ!」
「んんっ」
振り向きざまの会心の一撃だった。ほんの数秒の口づけだったけど、4年前ちゃんと言えなかった「サヨナラ」の言葉を互いに言い合えたようだった。
「バイバイ、圭太――今度会う時は圭太みたいな人を捕まえて幸せになってるから」
「あぁ――応援してる。何か困ったことや悩みがあるなら、いつでも電話して来いよ。必ず力になるから」
「うん、ありがとう」
そしてゆずきは何事もなかったかのように、行き交う人々の中に溶け込んでいった。
「圭ちゃん、今の人誰?」
「親友だよ。マナの次に大切な人だ」
「ふ~ん、浮気者!」
「お前に言われたくねえわ!」
「さーせん」
マナは悪ぶれた様子など全くなく、舌を出して謝っていた。
「パパ~」
「よ~し、パパが抱っこしてやるからな」
桃花が、両手を広げて抱っこをねだってきたので、優しく抱き上げた。するとマナが俺の顔を見て、すねたような表情をしていた。だから俺は、もう片方の空いた手でマナの手を握りしめてやった。
「何かこういうのって幸せかも」
「そうだな、幸せだな」
おわり。
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