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閉店後のホール。複数名の黒服…と楽しそうに会話をしながら手伝うサクさんが清掃をする中、俺は壁際でテーブルを拭く1人の元へと歩んで行った。
「──お疲れ。」
他と距離を置くように、ひっそりと独りで作業する彼に声をかければ、集中モードから一変したきょとん顔で俺を見上げる。
「?…あぁ、レンさん。お疲れ様っす。」
「お前この後空いてる?」
「うん。まあ…予定は無いな。」
出会い方も相俟って、会話は基本タメ口なのに、《どしたんすか?》と仕事中は変なタイミングで敬語を使ってくるのがちょっと面白い。
「じゃあ、メシ行くよ。」
「え?…俺と?」
「じゃなかったら俺は今誰に話してんの?」
俺の言葉に彼は周囲を見回す。独りでいるから、勿論その周りには誰もいる訳がなく、本当に俺?とでも言いたいように自分を指差した。
「で、どうする?」
「うーん…うん、ええよ。」
「ん。じゃあ事務所で待ってるから、終わったら声掛けて。」
「…うす…。」
そう返事をすると、少しでも待たせないようにと思ったのか、彼は先ほどよりペースを早めて残り僅かの清掃を再開した。
高級店が建ち並ぶ街へタクシーで移動すると、以前太客から教えてもらったお気に入りのバルへと向かった。個室へ通してもらった後に一通り注文すると、移動中からずっとそわそわしっ放しだった私服の彼が漸く口を開く。
「…俺この格好で良かったん?」
「この店はドレスコード指定ないから問題ないよ。比較的カジュアルな方だし。」
「ふ、ふーん…。」
自身を落ち着かせるように水を含んだ彼。スカウトした身として、働き始めてから聞きたかったことを率直に投げつけた。
「──お前、まだウリやってんの?」
「んっぐ!?」
まだ全て飲みきっていなかったようで、彼は噴き出しそうになり、真っ先に口を抑える。咄嗟に個室の入口を確認して、口内の水を何とか処理する彼は、激しく噎せながら目を見開いてこちらを向いた。
「っげほ、ぇほっ…!ちょっ…、!?」
「良いじゃん、個室なんだから。」
気管に入った水を食道へ戻すように咳払いをしながら、とんとんと胸を叩く。暫くして落ち着きを取り戻した彼は《せめて頼んだもん全部来てから聞けや…》と小言を付け加えて言った。
「、……してへん。久しぶりのバイトやし、覚えなあかんことばっかで頭も体ももういっぱいいっぱいや。」
「そう。お前、何だかんだ頑張ってついて行ってるもんね。その辺は器用だなって思ってるよ。」
「え、…ほんまに?」
なんて事ない褒め言葉に──実際感じていたことではあるけども──少し嬉しそうに、それでいて照れくさそうに笑みを浮かべる彼。今までに見たことのないその表情に、俺への警戒が解けてきていることが解った。
…もう少し話題、踏み込んでも大丈夫そうかな。
そう思った矢先に運ばれてきた酒と料理たち。《うっわ、美味そ!》と目を輝かせ、配膳をし終えたスタッフに会釈を添えてお礼を言う彼。
ただ、なかなか手をつけようとしない。
「?…食べれば?」
「えっと…マナー的なんは…?」
「無いよ。さっき言ったじゃん、カジュアルなとこだって。」
「あ、そっか。…取り分けよか?」
「お前が気にしないなら、そこまで気遣わなくていいよ。今は仕事じゃないんだから。気にせず先食えって。」
取り分け用に手に持った皿を元の位置に戻すと、《じゃあ、お先にいただきます。》とトリッパのトマト煮込みを口にした。数回咀嚼した瞬間、美味さに激震が走ったのか無言でその料理を2度見した。
「うっっま…何やこれ。」
「肉料理。」
「いやそれくらい分かるわ!」
「、っふふ…」
揶揄いも含めた回答に、ルーツの血であろうさすがの瞬発力で彼は食らいついてきて。思わず漏れ出る素の笑いを隠すように顔を逸らした。改めて彼に目を向けると、
「…何や、レンさんもちゃんと普通に笑うんやん。」
先ほどの俺と似たようなことを思ったようで、彼は意外そうに目を丸くしながら2口目を仕舞い込んだ。どうやらかなりトリッパが気に入ったらしい。
正直なところ酒で若干腹が膨れていた俺としては、こうして遠慮なく食べてくれるのは助かる。ということで、俺は一旦料理には手をつけずに会話に徹することにした。
「ところで、何であんなことしてたの?」
「ぅん?」
「ウチで働く前。何か理由があってやってたわけ?」
俺がそう問いかけると、マリネにフォークが刺さる直前で彼の手が止まる。その動きを見逃すことはなく、視線を彼の顔へ移すと、何かに躊躇するように少しだけ眉を寄せてゆっくりと口を開いた。
「…学費。」
「学費?」
「俺が通ってるとこは公立大学なんやけど、そこに進学するって俺が決めたから自分で払おうって思って。」
そう回答された判断の言葉に、シンプルな疑問を渡した。
「…親御さんは?」
「行きたい高校…あ、母校な?それがあったから上京してんけど、せめて高校卒業までは地元にいて欲しいって思わはってたみたいで。めっちゃ喧嘩して、出てってからは基本的に疎遠。必要な手続き系だけはやってくれはる程度。」
「…そっか。」
親の行動に対して方言ながら丁寧語を使うということで中々な揉め様だったと知り、これ以上は無理かと判断した俺は何とも言えなかった。それでも、彼は律儀に質問に対しての説明を続けた。
「高校時代にも普通にバイトしててんけど、まあ…そりゃ出会いも…欲しくなってな?興味本位でやってみたら、思ったより稼げてん。…で、そのバイト辞めてから今に至るってわけよ。」
そう自嘲するように笑い、目的の料理を口に含む彼。事情は解った。でも、
「ヤり逃げされたってことはあるだろ?」
「ないよ。前金制やから。先に貰っといて、要望次第では後で追加で貰う。相手が風呂入ってる時にちゃんと分からんとこに隠すから、後で盗られるってこともなかったな。」
そうきっぱりと話す彼に俺は真っ先に思った。
「お前、意外とちゃっかりしてるね?…バカなのに。」
「バカは余計やって!」
《褒めるか貶すかどっちかにせぇって…》と不貞腐れたように酒をぐいっと飲み下す彼。事情があれど、自分を貫くその様に何だか人として面白く思えてきていた。