テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
780
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
丸木舟の形をしたライドが、ゆっくりと暗闇の急斜面を登っていく。
周囲には他のゲストの歓声が響いているけれど、最前列に座る私と白布君の間には、言葉にできない緊張感が漂っていた。
「……ねえ、白布君。ここ、最後すごい落ちるんだよね? 怖い?」
「……別に。重力加速度の計算通りだろ。……お前こそ、泣いても助けねーぞ」
相変わらず強気な口調。でも、隣に座る彼の肩が、私の肩とぴったり重なっている。
暗闇の中で、白布君が不意に私の手を、指を絡めるように強く握りしめた。
「……っ、白布君?」
「……うるせー。……落ちる時、お前が騒ぐと効率悪ィから、固定してやるだけだ」
理屈になってない言い訳。でも、握られた手からは、彼のバレーで鍛えられた指先の熱が、ダイレクトに伝わってきた。
ライドが頂上に達し、外の景色が一瞬だけ広がる。
綺麗な夕焼けと、シンデレラ城。
「わあ、綺麗……!」
私が横を向いた、その瞬間。
重力がふっと消え、ライドが真っ逆さまに急降下を始めた。
「きゃあぁぁっ!」
轟音と水しぶき。視界が白く染まる。
でも、落下する一瞬の浮遊感の中で、私は確かに感じた。
――頬に触れた、熱い体温。
――耳元で掠れた、彼だけの、甘くて低い声。
「……奈々花。……俺だけ見てろよ」
水面に激突して、盛大な水しぶきが上がる。
びしょ濡れになった私たちは、顔を見合わせて呆然と立ち尽くした。
「……今、白布君……何かした?」
「……さあな。お前の幻覚だろ」
白布君はわざとらしく視線を逸らして、濡れた前髪を乱暴に掻き上げた。
でも、彼の耳の先は、冷たい水に濡れているはずなのに、夕焼けよりも真っ赤に染まっていて。
スリルと、水しぶきと、一瞬の空白。
夢の国の魔法は、白布君の「計算」を、もっと深く、甘く狂わせていく。
すっかり日が落ちた東京ディズニーランド。
エレクトリカルパレードの光が、宝石を撒き散らしたようにパーク内を彩っている。
人混みを避けるように、私たちは少し離れたベンチに座っていた。
「……あー、疲れた。夢の国って、歩く効率の悪さ世界一だな」
白布君はそう毒づきながらも、私のために買ってきた温かい飲み物を差し出してくれた。
カチューシャはいつの間にか外しているけれど、その耳の先はまだ少し赤い。
「ふふ、でも楽しかったでしょ? 白布君、スプラッシュ・マウンテンの後、ずっと上の空だったし」
「……気のせいだ。……おい、西村」
不意に、彼が改まった声で私の名前を呼んだ。
呼び捨てではなく、いつもの名字。でも、その響きはどこか熱を帯びていて。
「……これ、やる。……お前のために選ぶの、マジで非効率だったわ」
差し出されたのは、小さなショップ袋。
中を覗くと、そこにはガラス細工の小さなチャームが入っていた。
101匹わんちゃんのデザインに、私の名前「Nanaka」と、その隣に小さく「Kenjiro」の刻印。
「えっ……これ、名前入れてくれたの!? いつ……?」
「……お前がチュロス買いに行ってる間だ。……勝手に他の男に声かけられねーように、俺の『名前』刻んどいた。……文句あんのか」
白布君はそっぽを向いて、乱暴に自分の首筋を擦った。
お揃いの、名前入りのチャーム。
「効率」を何よりも重んじる彼が、私のために時間を割いて、こんなに甘酸っぱいものを選んでくれた。
「……うれしい。……ありがと、白布君。一生大切にするね」
「……一生とか重いこと言うな。……でも、無くしたら承知しねーぞ」
彼は私の肩を抱き寄せ、パレードの光に照らされた私の顔をじっと見つめた。
周囲の歓声が遠のき、二人の間だけに特別な時間が流れる。
「……奈々花。今日のデート、俺の計算通り、お前を俺色に染められたわ」
彼の低い声が耳元をくすぐる。
重なった視線の先で、白布君は満足そうに、でも少しだけ切なそうに目を細めた。
「……お前の『初めて』、全部俺が塗り替えてやる。……だから、ずっと隣にいろ。……これ、一生分の命令な」
パレードの最後の一列が通り過ぎる中、私たちは誰にも見えない暗闇で、そっと指を絡め合った。
1点差の攻防から始まった私たちの物語は、夢の国の光の中で、完璧な「満点」の恋へと変わっていく。