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羽海汐遠
12,098
#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190
アウレリウスは疲れていた。
地炎獣の討伐自体は被害を最小に抑えながら達成できたが、その後の処理が膨大だった。
特に素材目当てで群がってくる商人と、その背後に見え隠れするブリタニカ属州総督の影。それらの相手が面倒だった。
大型魔物の討伐はすぐにブリタニカ中に知れ渡った。そして、つい先日のカレーや石けんの名声と相まって、アウレリウスの評判が非常に高まっていたのである。
ドリファ軍団が力を付けすぎると、ブリタニカ属州総督は逆に力を削がれる。両者は同じユピテル帝国の管理下にある者同士だが、軍事面で強権を握るアウレリウスの存在は、官僚である属州総督にとって目の上のたんこぶとなる。
政治的な駆け引きは既に始まっていた。
そんな折に従弟のユリウスが、密かに想うユーリを腕に抱えて素っ頓狂なことを言うのだ。
アウレリウスは心の底からイラッとした。
「頭を冷やせ」
一言言うと、ユリウスの頭上に氷水が現れた。
ユーリに当たらない角度で、巧みにユリウスの頭だけをずぶ濡れにする。銀の髪からぽたぽたと水が落ちる。
「…………」
ユリウスは目を瞬かせた。やっと正気に戻ったようだ。
「あ~……」
彼は気まずそうに口を開いた。
「ごめん、アウレリウス。僕ちょっと興奮しちゃってさ」
「何があったか知らんが、話をするなら整理してから言え。あと、ユーリを離せ」
「……うん。ユーリ、ユーリ、大丈夫?」
ユーリはここまでの高速の移動で、まだ目を回していた。ぐったりしている彼女の髪を撫でるユリウスに、アウレリウスは思わず立ち上がった。がたんと椅子が鳴る。
「離せと言ったはずだが?」
「え、でも、彼女、気絶しちゃって。今離したら倒れちゃう……」
アウレリウスは無言で従弟に歩み寄り、腕の中の彼女を奪い取った。
「ユーリ、しっかりしてくれ。きみだけが私の心の支えなんだ」
そう語りかけて、彼ははっとした。勢い余ってユーリを抱きとめてしまったが、これからどうしよう。
心の準備もなく触れた彼女の体が柔らかい。アウレリウスは完全に固まった。
と、ようやくユーリが目を覚ます。
「あれ……? アウレリウス様?」
間近で見上げてくるユーリの顔が赤い。アウレリウスも頬に熱を感じる。
お互いに固まった二人の後ろから、くすくすと笑い声が響いてくる。ユリウスだ。
「いやあ、思ったより微笑ましいなあ。邪魔をするの、罪悪感を感じるね」
アウレリウスはギロリと睨み上げる。
その視線を受けて、ユリウスは笑いながら後ろに下がった。
「おっと、もう氷水は勘弁! 僕、お風呂行ってくる。その間にユーリから話を聞いておいて」
「おい、ユリウス!」
ユリウスはさっさと退散して、後には顔を真っ赤にした二十代後半男女が残された。
その後、ユーリはなんとか立ち直ってアウレリウスから離れた。
両者ともとても気まずかったが、少しばかり残念に思ったのもまた共通する気持ちである。
「……なるほど。オサフネの剣の可能性か」
ようやく冷静さを取り戻して、アウレリウスはうなずいた。
「日本刀といいます。ざっくりした概要であれば作り方を知っていますが、本当にこの程度の知識で再現できるかは、なんとも」
ユーリはやや不安そうに言う。ユリウスの狂気に近い熱を見た後では、「やはりできませんでした」となったときにどうなるか怖い。
一方でアウレリウスは考える。少し面倒なことになったな、と。
属州総督からの圧力が増している今、伝説級の武器を作ってしかもその所有主がユリウスということになれば、軋轢は間違いなく倍増するだろう。
たとえ武器の再現に至らなくとも、その知識を持つユーリの存在は絶対に隠すべきだ。
とはいえもちろん、この可能性を手放す気はない。
「この話は他言無用で頼む。話を聞いたのは、地炎獣の解体をしている兵士くらいだな?」
「はい」
「すぐにそちらにも口止めの命令を出す。鍛冶師は軍団の者を使ってくれ」
「分かりました」
話はまとまったが、ユリウスはまだ戻ってこない。
ユーリはまだ少し気分が悪かったし、冒険者ギルドに戻るには時間が足りないだろう。このままアウレリウスの執務室で待つことにした。
アウレリウスはまず伝令を呼んで、地炎獣の解体をしている兵士たちに口止めの命令を出した。
「私のことは気にせずに、お仕事を進めてください」
ユーリはそう言うが、アウレリウスは落ち着かない。
彼女が部屋にいるうちは、商人などを呼ぶわけにもいかない。
結局彼は諦めて、ユーリと会話することにした。
「以前、作ると約束したフォレストスネークのウロコの魔道具だが」
と、彼は切り出した。保温プレートの魔道具だ。
「最高のものを作ろうと準備しているうちに、この騒ぎが起きてしまった。まだ完成までは時間がかかりそうだ。すまない」
「かまいませんよ! 私もカレーと石けんが忙しくて、新しいお料理になかなか手がつけられなくて。でも、夏の間に温かいものはあまり合いませんから、秋になって冬になって……かえってちょうどいい時期かもしれませんね」
ユーリの微笑みに気遣いを読み取って、アウレリウスは心が温まるのを感じた。
風呂から戻ってきたユリウスと合流して、ユーリは鍛冶師の元へ向かった。アウレリウスも同行している。
口止めの命令を受けた鍛冶師たちの前で、ユーリが説明を始めた。
「まず、この剣は反った形になります。反りが入ることで鞘から抜きやすい、斬る動作がやりやすいと聞きました」
「ふうん。確かに曲刀は対象に叩きつけて、引いて斬る動きがなめらかになる。東の民が使う円月刀なんかを見たことがあるが、そうだった。でも、直刀に比べると耐久性に劣らないかい?」
と、ユリウス。彼はすっかり落ち着いた口調である。
「耐久性に関しては、軟らかい鉄と硬い鉄を組み合わせて向上させます。芯に柔らかい鉄、表面に硬い鉄です」
ユーリが言うと、鍛冶師たちから感嘆の声が上がった。
「なるほど……。硬い鉄の表面でしっかりと斬り、芯の軟らかい鉄で衝撃を受け流す。実に理にかなったやり方だ。ユーリ殿、素晴らしいです」
「私はあくまで、先人たちの知恵と技術の結晶を知っているだけです。私がすごいわけではありませんよ」
ユーリは本当にそう思う。
彼女の雑学の中でも、実は日本刀は少しばかり詳しい分野だった。というのも日本の友人に刀を擬人化するゲームにはまっている人がいて、博物館巡りなどを一緒にやったからだ。
それからユーリは実際の打ち方を伝えた。
玉鋼を熱して潰し、叩いて割って品質を見極める。これは、炭素量の多い少ないで鉄の硬さが変わり、刀身のどこに使うか最適解が変わってくるためだ。
次に「折り返し鍛錬」。日本刀のキモとなる工程で、薄く伸ばした鉄に折り目を入れて畳むのを何度も繰り返す。
叩くことで不純物が火花となって飛び散り、取り除かれていく。さらに薄い鋼の層が膨大に重なることにより、強い鋼になる。
熱して鍛錬することで炭素の量が減り、鉄は軟らかくなっていく。日本刀として最も適した状態を見極めるのが、鍛冶師の腕である。
さらに芯の鉄(心鉄)と表面の鉄(皮鉄)を組み合わせる「甲伏せ」。
心鉄と皮鉄を一体化させたものを棒状に伸ばす「素延べ」、棒状の刀身を立体的に仕上げる「火造り」と続く。
この状態ではまだ反りは入っておらず、直線的な棒状だ。
そして「土置き」。
刀身の上に土を置いていく。刃の模様となる部分は薄く、それ以外は厚く塗る。
この作業によって最後の「焼入れ」で熱の伝わる速度が変わる。
熱した後に水に入れることで、土が薄い部分は素早く冷やされて硬い鋼に、土が厚い部分はゆっくりと冷やされて軟らかい鋼になる。
硬い鋼は軟らかい鋼に比べて大きく膨らむ。この差が反りを生むのだ。
最後に何種類かの研ぎを施し、鞘や柄などの拵えを作って完了である。
「以上が、日本刀の作り方の概要になります。私は書物で読むような知識しか持っていません。実際に鉄に触れている鍛冶師の皆さんの経験が頼りです」
ユーリが言うと、鍛冶師たちは深くうなずいた。
すると、話を聞いていたアウレリウスが質問する。他の鍛冶師に聞こえないような小さな声だった。
「魔力精錬は、きみの世界に存在しないのか」
「え」
ユーリが目を丸くすると、耳ざとく聞きつけたユリウスが続けた。
「その名の通り、魔力を素材に通してなじませるやり方だよ。使い手の魔力を染み込ませることで、何倍にも強靭になる。デメリットは使い手以外が使おうとすると適性が大きく下がって、本来の性能が出せなくなるところ」
「鍛冶師の皆、彼女は魔法に詳しくなく魔力精錬を省いてしまったが、今の工程で魔力を込められるポイントはあるか?」
アウレリウスが問いかけると、鍛冶師たちは口々に答えた。
「いくつもあります! 軟鉄と硬鉄を組み合わせる技法は、ユピテルにもありますが。それぞれ性質の違う鉄に魔力を入れていくことで、より深く染み渡らせるでしょう」
「折り返しの発想が素晴らしい。鉄の層がいくつも重なるということは、その一つ一つに可能性があります」
鍛冶師たちの言葉にユーリが付け加えた。
「折り返しの工程は刃の部分で十数回、芯の部分で五、六回と聞いています。もともと何層にもなっていた鉄が折り返すたびに倍になりますから、最終的に何万層にもなりますよ」
「何万……!」
鍛冶師たちはぽかんと口を開けた。
「すげえぞ。そんだけの数に魔力を渡らせていくとなると、どれだけの性能になるか」
「バカ、いくらなんでも無茶だろ。魔力を込めるほうが保たねえよ」
「何万とか、変態の所業だろ」
鍛冶師たちは興奮のあまり言いたい放題だ。
アウレリウスが咳払いをすると、彼らははっとして口を閉ざした。
「製作の手がかりが得られて、結構なことだ。しかし話を聞く限り、そこまで多量の魔力を込める余地があるとなると、魔道具師の手配も必要だな」
「アウレリウスがやってくれないかなぁ」
と、ユリウスが言った。
「あなたであれば、僕の魔力をよく知っているじゃないか。馴染ませるのは簡単だよ。……うん、そうしよう!」
「勝手に決めるな」
アウレリウスは従弟を睨んだが、すぐに息を吐いた。
「だが、最善の手であるのも確か。この件はできるだけ知る人数を減らしたいのもある。……仕方ない、協力しよう」
「仕方ないとか言うけど、実は楽しみって顔してるよ!」
ユリウスが軽口を叩いて、また睨まれた。
コメント
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いやー、59話も毎度毎度面白すぎるわ! ユリウスがユーリ抱えて興奮してるところにアウレリウスが氷水ドーン、からの思わず「心の支え」って口滑らせて赤面するところ、最高すぎて笑い声出たわ。二人とも不器用すぎて尊い…。そして日本刀解説パート、折り返し鍛錬で何万層とか聞いて「そんなバカな」って鍛冶師たちが騒ぐの、めっちゃ現実味あってワクワクした! 魔力精錬との組み合わせ、どんな化け物武器できるのか楽しみすぎる🔥